追憶の救世主 番外編

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「出逢い −はじまりの時−」


 ――会わせたい人がいる。
 にやりとした笑みを浮かべながら、そうレイが言ったのが先程の事。そうして今、やたらと天井が高い廊下を、他でもないレイの先導でセイラは歩いている。仮にも大国イリスピリアの王子である彼がすっかり道案内係だ。こんな事、セイラが次期水神の神子という立場であり、レイの友人であるから実現している状況であって、一般人が相手ならありえない光景だろう。……もっとも、今年5歳になったばかりのセイラと、その前を先導するレイとの間には実に13年の開きがある。周りから見た者が抱く感想は、王子が高貴な身分の幼児のお守りをしている。といったところだろう。
 「……で? 一体どなたなんですか、会わせたい人って」
 前方をずんずん進む、イリスピリアの王子を半ばけだるそうに見つめながら、セイラは言う。その瞳には、5歳とて決してあなどってはならない英知の光が見えた。
 セイラーム・レムスエス。既にこの年で、歴代最高と謡われる、水神の神子の唯一にして正当なる後継者。10以上年が離れているにも関わらず、レイ王子が彼を友人といってはばからないのは、幼児ばなれした知的さと、思慮の深さがあるからだ。実際、セイラと会話をした事がある者はこう思うだろう。――大人と話しているのと少しも変わらない、と。
 「お前好みの美人だよ。惚れるなよ」
 「……僕は聖職者ですよ。惚れてどうするっていうんですか。第一、美人は好みじゃないです」
 からかうように笑うレイをセイラはしれっとした表情であしらう。
 「まぁそう怒るなって。それにな、彼女、美人なだけじゃないぞ」
 自分の言葉をあっさり流された割には、レイは上機嫌だった。その碧眼を薄めると、整った顔立ちに笑みを浮かべる。
 そんなにその会わせたい人とやらは美人なのだろうか。ため息を一つ零すセイラであったが、目の前のレイがいきなり立ち止まるものだから、彼の背中に鼻から激突してしまった。鈍い痛みが鼻を突く。
 「ったた……もう! いきなり止まったら危な――」
 「彼女、魔道士だ。今日からしばらくの間、イリス魔法学校の特待生として研修に訪れた」
 あまりにレイが神妙な面持ちだったので、不平をもらすのも忘れて、セイラは立ち尽くす。そして、彼の言葉に目を丸くする。
 「と、特待生!?」
 イリス魔法学校とは、イリスピリア城内に併設された、国立の魔道士養成機関である。世界にいくつかある魔法学校の中でも、最高のレベルを誇る場所だ。
 (そこの特待生に選ばれるなんて……)
 只者ではない。魔道士界屈指の実力の持ち主と予想できる。
 セイラの考えている事が分かるらしい、レイはにっと笑うと、
 「な、すごいだろう? なんたって彼女はな……」
 言いながら彼は目の前のドアノブに手をかける。先ほど急に立ち止まったように見えたのは、単に目的地に着いたのだったらしい。
 「ティアミストのご令嬢だからな――」
 キィ。と、軽い音をたてながら扉はひらいた。



◇◆◇



 「――キユウ。俺の友人だ」

 そう言ってレイは、部屋の中に佇む人物へと柔らかな声で言った。普段の彼からはとてもじゃないが想像できない声色だ。なぜか背筋がぞぞっとなってしまうセイラだったが――
 「――――」
 目の前の人物がレイの呼びかけで振り返った瞬間、セイラの思考は完全に停止する事になる。
 部屋に居た人物の、こちらを見据える瞳の色に吸い込まれるような感覚に陥ったからだ。
 (綺麗な……なんだろう、青とも水色ともつかない不思議な……)
 キユウと呼ばれた者は、レイとそれほど歳も変わらないくらいの少女であった。金色がかった黄土色の髪は肩までで切りそろえてあり、鼻筋のすうっと通った美人だ。しかし、セイラを惹きつけるものはそれらではなかった。彼女のその、神秘的な色の瞳だった。
 「はじめまして、セイラーム様。キユウ・S・ティアミストです」
 よく通る高めの声が形の良い唇から零れ落ちる。言ってキユウは、セイラに柔らかい笑顔を向けてくれた。
 「あ、えっと。セ……セイラーム・レムスエスです。そう畏まらずに、セイラと気さくに呼んでください」
 しどろもどろになりながら、セイラも自己紹介をする。普段妙に大人びている彼は、今はそこにはいなかった。なんだか落ち着かない。キユウの瞳を見たときからこの調子だ。――どこかおかしい。
 隣でにやりと意味ありげに笑うレイの姿があった。惚れたな。と耳打ちされてキッと彼を睨みつけてやる。そんなんじゃない。それに対しても彼は大げさな仕草で反応する訳で――
 「では、セイラ様。陛下のはからいで、私はしばらくイリスピリア城にお世話になるのです。よろしくお願いしますね」
 セイラとレイのやり取りに、微笑ましいものでも見つけたのか、キユウはおかしそうに微笑みながらそう言った。そしてしゃがみ込んでセイラと目線の高さを合わせると、白い右手をこちらに差し出してくる。
 「…………」
 セイラはしばらく差し出された彼女の手を見つめていた。だがやがて、顔を上げてキユウと目を合わせる。飛び込んでくる色は、見た事も無い神秘的な蒼だった。何度見ても、その色に惹かれる。
 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 微笑を浮かべて、セイラはキユウの右手を自身の子供らしい右手で握った。どきんと胸が1回鳴る。
 思えばこれは、ある種の予兆だったのかもしれない。彼の中に宿る水神の力が、彼に見せたのかもしれなかった。――そう遠くない未来を。

 それから十数年後の未来で、この場に居る3人の運命は奇妙に交錯し始める。

 来るときに向けて、歯車がゆっくり回り始めるように。

 その時は、それは、彼らの中の誰もが予想しなかった事なのだけれども。



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