追憶の救世主 SS
01「もう我慢できない」
「一体全体どういう事なのか、サルでも分かるように簡潔に説明して下さい!」
豪快な音を立てながら両手をテーブルに叩きつけ、アリスは目の前の黒髪丸眼鏡好青年を睨みつけていた。セイラーム・レムスエス。それが彼の名前である。世界最高峰の呪術師であり、水神の神子であり、アリスの呪術の師匠でもある人物だ。件の青年は、アリスの鋭い睨みを受けても全く動じる様子は無い。それどころか、相変わらずのニコニコスマイルを全面に浮かべている。
「ですから説明したじゃないですか。イリスピリアからの使者が到着次第、僕達はイリスピリアに向けて旅立つんです」
「僕『達』って言いましたね師匠。それはアレですね、私も問答無用でついて来いという事ですね」
「師匠と弟子は運命共同体じゃないですか?」
あははと笑いだすすっとぼけ師匠を見て、アリスは眉間のしわを更に深くした。
「旅立つからにはイリスピリアに余程大事な用事があるんですよね。それが何なのかを説明して下さい」
水神の神殿の最高責任者が、突然旅立つというのだ。異例と言われてもおかしくない事態。神官長あたりは、セイラが抜けた後の管理云々で、今現在バタバタと走り回っている次第だ。それだけの事であるはずなのに、この人ときたら。
「野暮用です」
ニッコリ笑顔でそう言うだけで、何も教えてはくれないのだ。
「野暮用で水神の神子が神殿飛び出してどうするんですか!」
「僕にだってたまにはそういうどうでもいい用事で現実逃避したい時もあるんですよ」
「何処の世界にそんな無責任な神子がいるんですか! もう我慢できません! ちゃんとした目的が言えないと仰るなら、私は――」
「セセセセセイラ様ぁぁぁっ!!」
怒り最高潮のアリスの言葉を遮ったのは、セイラに全責任を押しつけられ、過労で倒れそうな勢いで絶賛走りまわり中の神官長その人だった。それにしても、異様なまでの慌てっぷりである。ノックもなく、いきなり執務室の扉を開け放つあたり、普段の彼の性格からしてありえない事だった。
「どうしたんです? 神官長」
「イリスからの使者がおみえになったのですが……それが、その……おみえになった使者の方というのが――」
神官長の言葉が終らないうちに、更にもう一人、執務室に足を踏み入れてくる者が居た。瞬間、部屋全体が静まり返る。呆気に取られるアリスの背後で、ほう。と呟き、セイラは丸眼鏡の奥の瞳を見開いていた。
現れたのは、アリスと年の変わらない少年だった。見知った仲だ。まさかこんな場所で、こんな形で再会するとは、思いもよらなかったが。
「……で? 親父に手紙まで送り付けて、俺をここまで迎えに来させたその目的が何か、説明してもらおうか」
腕を組み、不機嫌な様子で言ったのは、リース・ラグエイジ・イリスピリア王子その人だった。あろうことか、セイラを迎えるための使者として、イリスピリア王は第一王子を送りこんできたのだ。神官長がすっ飛んでくるのも無理はない。
さすがのセイラも、予想外の客の姿に驚いた様子であった。しかしやがて、満面の笑みを取り戻すと、こう告げたのだ。
「なに、ただの野暮用ですよ、リース。神様から仰せつかった、壮大な、ね」
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