追憶の救世主 SS
05「俺のなんで」
うわぁ、どうしよう。とシズクは胸中で呟いていた。目の前には、いかにも遊んじゃってます風のチャラ男が二人。年齢は、シズクより少しだけ上だろうか。ニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、男二人はシズクの行く道を塞いでしまっていた。避けて通りたいと思っても、人の流れが邪魔をして上手く行かない。
「時間ある? 良かったらお茶でもしていかない?」
まさか自分が、ナンパされる日が来ようとは。
ぼーっと歩いていたのが悪かったのかも知れない。それも、休日のデート日和と言っても過言ではないぽかぽか陽気の街中を、だ。暇そうにして歩いている女の子は、彼らのターゲットと成り得るのだろう。
いやしかし、両手に握られている物をしっかりと見て欲しい。右手にアイスクリーム。そして左手にはジュースだ。普通に考えて、これらを一人で消費する者はあまり居ない。つまりだ、自分には同行者がいるという訳だ。……まぁ、彼氏連れという訳ではなく、このジュースはアリスに頼まれたものであるのだが。
「あの、えーっと。人を待たせてるので」
「いいじゃん別に、どうせ女友達だろ? 待たせとけばいいって」
み、見事に見破られている訳ですか。いやしかし、どうせって何ですか。彼氏がいなさそうだから声をかけてきたって事ですか。
「早く行かないと、アイスが溶けるし」
これは本当の事だ。真夏ではないが、ぽかぽか陽気に曝されて、アイスクリームはだらだらと表面が溶け始めている。
「今食べちゃえばいいじゃん。友達に頼まれた分なら、後でまた新しいの買って渡せばいいしさ〜」
「そうそう。それより、近くに美味しい店あるから」
美味しいお店には非常に興味あるが、彼らのような人達とご一緒は勘弁願いたいところである。それにしてもしつこい。やんわりと曖昧に断る自分も悪いのかも知れないが、その気が無いと分かった時点で諦めてくれればいいのに。
さすがに何とかしなければと思案顔になったシズクよりも、男たちの行動の方が早かった。
「もう! 埒があかねーな。ほら、いいから行こうぜ!」
「ちょ――」
ジュースを持つ方の腕を強引に掴まれた瞬間、頭の中で警笛が鳴る。さすがにこの状況は、まずいだろう。カッとなる頭で、気がつけばシズクは呪を唱え始めていた。
「――――っ」
簡易な魔法が完成する直前の事だ。シズクの左腕を掴む男の腕が、更に割り込んできた者の手によって掴まれる。突然の出来事に、男二人は同時に目を見開いていた。そして、後方を振り返り、腕の主を目にしたシズクもまた。
「悪い。これ、俺のなんで」
もう反対の手が伸びてきて、シズクが掴んでいたジュースが抜き取られる。思いっきり不機嫌そうな顔でもって、ジュースを口に運んだのは、リースだった。
彼が本気で人を睨むと、かなりの迫力を相手に与える事を、シズクは知っている。案の定、蛇に睨まれた蛙よろしく、ナンパ男達は凍りつく。
「行くぞ。アリスが待ってる」
固まった男達を眺めていたシズクだったが、そう言ってリースが歩き出したところで我に帰る。あ、うん。と、半ば呆けた声を漏らし、シズクは彼の後を追った。後でお礼を兼ねて、何かおごらなければならないなと、頭の片隅で考えながら。
街で見かけた可愛い女の子と、突然現れたえらく顔の整った少年の後ろ姿を、男たちは見えなくなるまで、ただただ放心しながら見つめ続ける。
「なぁ」
ある時、少年の睨みの迫力からようやく解放された方割れが、ぼそぼそと口を開いた。
「俺の。って、どっちの事だったんだろうな」
ジュースか、それとも女の子か。考えても、答えなど永遠に出そうになかった。
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