追憶の救世主 SS
06「ハイ時間切れ」
「そういえばセイラさん」
昼下がり。私室でシズクとささやかなお茶会を開催している時の事だ。アリスの淹れたお茶に口をつけたシズクが、なんとなしに切り出してきた。
「わたしの事、菜の花通りで出会った時には気づいていたんですよね」
独特の色合いをした瞳で、彼女はセイラを見つめて来る。幾分説明の足りない言葉であったが、セイラにはシズクが言わんとしている内容はすぐに分かった。シズクが、セイラの親友であったキユウの娘であり、偉大なる魔道士の一族ティアミスト家の最後の生き残りである事に、オリアで出会ったあの時点で気付いていたのだろうと、そういう事だろう。正解である。セイラはシズクと初めて出会った時、あの瞬間に全てを悟っていた。
「どうして、初対面のふりなんてしたんですか?」
あの時に全部説明してくれていたら、話は早かったのに。少しふてくされた表情で告げ、シズクは二口目を含む。
確かに彼女の言う事にも一理ある。オリアの街角でぶつかったあの時に全てを打ち明けていれば、あれこれややこしい事態に発展せずに済んだかもしれないし、シズク自身悩まずに済んだ事も多くあるだろう。だが、それは所詮結果論である。シズクを連れてオタニアを発ったあの時から、事はセイラの予想を大きく逸れてしまったのだ。
「もうその話は時効ですよシズクさん」
説明しろと言われればいくらでも言い訳は出てきたが、それら全てを思考から消して、セイラは薄くほほ笑むのみに留めた。今更あれこれ言ったところで仕方のない事だ。第一、説明するのも面倒だ。
「それにほら、僕が敢えて沈黙を保ち、事態を謎めいた方向に導いたお陰でシズクさん達の絆は深まったじゃないですか。苦難を共にした仲間達の友愛作戦、大成功という訳です。はっはっは」
「笑いごとじゃないですって、師匠」
陽気に邪悪な事を述べるセイラに、愛弟子から鋭いツッコミが飛んだ。
「まぁそれは良しとして……わたしの事を知っていながら、なんでセイラさんは、わたしの事をジーニアとは呼ばなかったんですか?」
3口目を楽しんだ後で、さらりとシズクが告げる。軽い言い方であったが、告げられたセイラとアリスは、正直なところぎくりとした。ジーニア・ティアミストの名には、色々と重苦しいものが付きまとうからだ。特にシズク達がイリスに帰還してからは、その名の影響力は大きくなりつつある。まぁ、当の本人としてはそのような含みを持たせる目的ではなく、本当に不思議に思っているからこそ持ち出した名前なのだろうが。
「レイ陛下やネイラスさんもそうですよね。わたしの事、絶対に知っていたはずなのに。今だって変わらずに……」
「貴女がシズク・サラキスと、名乗ったからですよ」
「え?」
セイラの返答に、シズクからは呆けた声が上がる。訝しげな顔でこちらを見つめて来るシズクを、セイラもしっかりと見つめた。
ティアミストブルーの神秘的な瞳。僅かに宿すキユウの面影。そして――古の勇者に瓜二つの容姿と魔力。それら全てを受け止めて、しかし緩く首を振ってからセイラは笑う。
「今僕の目の前に居る貴女は、シズク・サラキスでしょう。だから僕も陛下もネイラス殿も、貴女をその名で呼ぶのです。何も不思議な事ではないでしょう?」
瞳を細めて、諭すように言った。隣に座るアリスはすっかり黙り込んでしまい、大人しくなっている。一瞬妙な沈黙が降りたかに思えたが、
「……セイラさ――」
「ハイ、時間切れ。質問タイムは以上です」
シズクが何かを告げようとしたところを、強引に止めてしまう。そうして、有無を言わさぬ力を持つ、おきまりの好青年スマイルでもって、絶対防御の体勢に入る。
「えぇぇぇ! そんなのずるいです!」
「だから全部時効ですってば。時間切れです」
シズクから盛大に非難の声が上がるが、どこ吹く風とばかりにセイラはさらりと流す。ティーカップを手に取り、それを口に含むと、満足そうにほほ笑むのだった。
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