追憶の救世主 SS

top

07「あぁ、ヤキモチ」
台詞で10の御題より【SNOW STORM様提供】


 「へぇ。これが全部ねぇ……」
 テーブルの上に並べられた数枚のカードやら手紙やらを眺めて、リースが気だるそうに零す。どれもこれも、上質の紙が選ばれており、流暢な筆跡で、歯が浮くような美辞麗句が躍る。これら全て、エラリア滞在以降リサに贈られてきたものである。その中でも、今テーブルの上に抽出されているのは、とある案件に関わるものばかりだった。
 「ね? モッテモテでしょう? シズクちゃん」
 冷めた目で書状類に視線を向けているリースの横で、若干楽しそうに零したのはリサだ。
 「モテモテって……全部、本当の目的は姉貴だろうが」
 視線をリサの方に向け、リースは小さくため息を零した。
 テーブル上に並ぶカード達に綴られている内容は、要訳してしまうと皆たった一つの文になる。
 「リサ王女の付き人である少女と、自分の従者を引き合わせられないか」と。
 早い話が、簡単なお見合いのお誘いである。けれど、シズクの人となりを見て、彼女を評価した上での申し出は、ただの一通もないだろう。差出人達の目的は一つ。従者同士の縁をきっかけに、リサに取り入ろう、あわよくば親密になろうとしているのだ。彼らにとってシズクは、道具に過ぎない。
 そこまで思考が辿り着くと、苛立ちが沸き起こる。そういうやり方を否定はしないが、どちらかというと好きではなかった。特に、身の回りの人物に対して行われるとなると、不快感は増していく。
 「そうかも知れないけどねー。中には、純粋なのも混じってるんじゃないかなと思ったり」
 「そんな訳――」
 「無いとは言い切れないわよ。シズクちゃんって、結構人目を惹くもの」
 否定の言葉を遮って、リサは告げる。楽しそうではあったが、どこか神妙な表情でもあった。言葉を止められたリースもまた、姉の発言に思うところがあって、動きを止める。リサの告げた内容は、あながち間違いではない。
 「勿論、シズクちゃんよりも可愛い人も美人な人も、たくさん居るけど。持ってる雰囲気っていうの? 結構男の子にもてるタイプだと思うのよね」
 「…………」
 「エラリアに来てまだほんの少しなのに、もう城の使用人と打ち解け始めてるみたいだし。人徳もある。利害云々以上に、シズクちゃんが純粋に欲しいって思う人物が居ても、意外じゃないとは――」
 「それで? これらの誘いを、姉貴はどうするつもりなんだよ?」
 おもむろに手に取っていたカードの一枚を、テーブルに乱暴に放り投げると、刺々しい口調でそう放つ。肩を竦めて半眼でリサを見るも、彼女はきょとんとした表情でこちらを凝視するのみである。言葉を途中で遮られた事に対する抗議もない。
 「……あぁ、そっか」
 だがやがて、リサはぽんと軽く手を打つ。
 「ヤキモチか」
 「は?」
 直後に姉が浮かべた、にやありとした笑みを見て、リースは眉間のしわを益々深くした。何かを企んでいそうな時によく浮かべる、例の笑みである。嫌な予感が一瞬頭の中に駆け巡ったが、リースが声を上げるよりも先に、リサが再び口を開いていた。
 「もちろん。一切とりあったりなんてしないわよ。シズクちゃんは私が全力で守るわ」
 「…………」
 企み顔から一転、引き締まった表情の姉がそこには居た。王女というよりは、王女を守る事を誓う騎士のような。そんな表情。
 「だから安心しなさい、リース」
 にっこり不敵に微笑むと、リサは両手を腰に当て、気合いを入れたようだった。
 じゃじゃ馬王女だろうが猪突猛進だろうが、姉は頭がキレる。その事をリースはよく知っているから、この彼女の言葉には絶対の信頼を寄せる事が出来た。
 「……ま、せいぜい守ってやってくれよ」
 内心大いに安堵している自分に気づきながら、その事は表に出す事はなく、リースは小さく肩を竦めたのだった。



TOP

** Copyright (c) takako. All rights reserved. **