焔の華姫

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Episode 01 緋色の涙

プロローグ

 ――死人を蘇らせる力がある。

 世の人々が常々そう噂する代物があった。その名も『緋色の涙』。指先くらいの大きさの、魔力を宿した宝石の事だ。名前の通り、かの神竜(そんなものが実在するのか疑問だが)の瞳のごとく真紅に輝き、見るものを魅了してやまぬ美しさを持つ。
 ……もっとも、ティントは現物をこの目に拝んだ事はないのだが。
 というか、この世でそれを目にした者など居ないのではないだろうか。全て人々の想像の代物であって、実際には存在しないのかもしれない。そもそも、死者を蘇らせるなんて、胡散臭いあおり文句が付いている時点で怪しい。

 「何してるのよティント! ほら行くわよ」

 前方から声がかかった。声につられて、ティントは大陸ではさほど珍しくもない茶色の瞳を、ゆっくり移動させる。
 確認しなくても、ティントには声の主が誰だか予想はつく。今この時点で、彼の周囲に存在する人間など、彼女以外に有り得ないからだ。
 声の発生元は、ティントの前方に仁王立ちの格好で立っていた。鋭い眼光でこちらを睨みつけてくる。それは女性だった。
 「レイン様……あのぉそのぉ。本っっっ当に行くんですか?」
 ティントはおずおずと。至極控えめに声を発する。この人を怒らせたら厄介だ。
 彼の目の前に立つ女性、ライレイン――レインは『美人』と形容するのが一番しっくり来る女性である。少しきつい印象を受けるのがたまに傷だろうか。いや、事実見た目どおり少々問題のある性格ではあるが……まぁとにかくだ。彼女の容姿に関しては、万人が美しいという事で一致するだろう。
 軽くウェーブのかかった鮮やかな金髪は、動きやすいように肩くらいの高さで切りそろえてある。ややつり上がり気味の瞳は、今日の空のような鮮やかな青色をしていた。
 色彩の華やかさも手伝ってか、レインは人ごみの中でもよく目立つ。『絶世』という言葉は某国の伝説の勇者に譲るにしても、彼女はそこら辺に居る女性に比べると、明らかに美しい部類に属している。だから、当然といえば当然だろうが、そのせいでよくナンパや変な勧誘にあったりする。もっとも、彼女自身はそれをさほど気にしていない様子である。ティントはどうかと言うと、いつもその様子にハラハラさせられるのだが。
 「また様付けにしたわね! いいこと? 今は私はあなたの旅の仲間。レインと呼びなさい!」
 旅の仲間に対して言うには、いささか偉そうな物言いでレインは言う。整った容姿も手伝ってか、その瞳で睨みつけられたら結構恐ろしいものがある。反論の余地は、自分には残されていないだろう。
 「……わかりましたレインさ――レイン」
 レイン様と呼びそうになって、あわててティントは言い直し、頭を下げる。その様子にレインは少し不満そうであったが、すぐに機嫌を取り戻したらしい。よろしい。と笑顔で言うと、くるりときびすを返した。
 彼女達の立つ場所は、ちょっとした高台になっている。その崖際には柵も何も施されていないので、油断すると足を滑らして谷底へ真っ逆さま。という事もあり得る。かなり危険な場所なのだが、周囲の風景をくるりと一望できる、という便利な面もあった。そして今、レインが見下ろす先、すなわち南東の方角には、広大な砂漠が広がっていた。
 ビーンスウェン砂漠。ここエレオーヌ国でも一二を争う大砂漠だ。
 そしてその砂漠のほぼ中央部に位置する場所に、ぼんやりとした『何か』がある。ここから見る限りでは、まるで空に向かって蛇が逆立ちでもしているかのようにも見える。砂漠の熱波が手伝って、その影がゆらゆら揺れるのもまた、それらしく見える要素のひとつだった。
 だがもちろん、蛇などではない。単なる蜃気楼かというと、それもハズレ。
 ――『砂塵の塔』。それがその影の正体だ。
 「死者を蘇らせる石――フフフ……面白そうじゃない!」
 目の前にそびえる塔を好奇心が限界まで詰まった瞳で見つめ、レインがにやりと笑った。勝気な彼女に、その表情は良く似合う。一方のティントはというと、彼女の様子にがっくりと肩を落とし、盛大にため息をこぼしていたりした。
 毎度毎度、彼女の奇行につき合わされている彼だ。ではもう、いい加減慣れるのではと思うかもしれないが、絶対的にそんな事は有り得ない。なにせ彼女が持ち込む厄介ごとは、容易なものであったためしがないのだから。
 今回は一体どんな困難が待ち受けているのかと思うと、ティントは激しく頭痛を覚えた。それでもこの女性に付き従っているのは、半分は義務で――もう半分は至極個人的な感情故である。
 もう一度盛大なため息をつくと、ティントも前方にかすかに見える建造物へと視線を向けた。砂漠の乾いた風は、彼の薄茶の髪を勢い良くかきあげていく。

 何人たりとも寄せ付けぬ塔――砂塵の塔。
 その最上階に納められているものこそが、死者を蘇らせるといわれる石『緋色の涙』だった。



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