焔の華姫
Episode 01 緋色の涙
エピローグ
「さて。ここからが本題」
一通り『緋色の涙』について語り終えた後で、ぽつりと言ったのはレインだった。今までの話が本題ではなかったのだろうか。首をかしげるラディの目の前で、金髪をかきあげ、勝気そうな青色の瞳を細めると、レインは思いがけない事を告げた。
「ラディ。私の仲間になりなさい」
「は?」
一瞬、彼女の放った言葉の意味が分からなかった。部屋は、一気に静けさを増す。ちろりと彼女の隣に佇むティントを見ると、こちらに同情するような表情を浮かべていた。お気の毒に。そういう言葉が聞こえてきそうだ。
「仲間って……冗談だろう?」
「冗談じゃないわ。提案でも誘いでもない。……これは、火神の神子からの『命令』よ!」
「め――っ」
命令だと?
説明を求めるように、黒色の瞳を剥いてティントの方を見ると、薄茶髪の青年は小さくため息を零す。
「……ラディさん。貴方は腕利きのトレジャーハンターだ。ギルドにも顔が利く上に、僕達が目的とする物の情報も、手に入れやすいでしょう」
「それで俺を仲間に? 冗談じゃないね。俺にとって何の益にもならない」
「何拒否権発動させようとしてるのよ。言ったでしょう、これは『命令』だって。背いたらどうなるか分かっているでしょうね? 砂塵の塔の崩壊。あれ、あんたがやったって言いふらしてもいいんだから」
神子の権力をもってすれば、それくらいの事実歪曲、訳なく出来る。高らかに言い放つと、レインは笑い始めた。実に黒い笑みだ。
「――――」
神子とは清らかな存在。人々に無償の愛を注ぐ、尊き存在。誰だ、そんな大嘘を言い出したのは。蹴飛ばしてやりたくなる。
「諦めて下さい、ラディさん。レインには逆らえません」
『若人よ、この主に関わってしまったのが運のつきだな』
童顔青年といんちき竜に同情の言葉を向けられる自分が、心底情けなくなって来た。彼らもまた、この厄介な神子に振り回されている不幸な者達だろう。同じ穴のむじなとでも言うべきか。
しばしの間、ラディはレインと睨みあう。青い瞳は揺るがない自信で溢れており、決して意志を曲げそうにはない。命令に背くのは、おそらく得策ではないだろう。レインのあの性格なら、先程の言葉の内容を実際にやってのけてしまいそうだ。権力者に逆らっても良い事はない。これも、これまでの人生でラディが学んできた事である。
「……あんた達の目的とする物って? それを聞かない事には協力なんて出来ないね」
観念したように肩をすくめると、ラディはただ一つ、最も疑問に思っている事だけを述べた。火神の神子が神殿の管理を放棄して宝探しをしているのだ。そこに理由がないはずがない。
「死者を蘇らせる力を持つ石。――もしくは魔石」
「は?」
「それが、私達が探しているものよ」
厳かに告げたレインの瞳は、真剣そのものだった。それまでの勝ち誇ったような笑みなど、始めから無かったのではないかと錯覚してしまう。それ程に、目的を告げた彼女の表情には、確固たる意志が燃えていた。
――死人を蘇らせる力。
そんなものを追い求めたところできっと、良い事など起こりはしない。頭ではそんな常識的な考えが浮かんでいるが、敢えてそれを声に出す事はしなかった。どれほど彼女が本気であるか、分かったような気がしたからだ。
関わってしまったのが運のつき。本当にその通りだ。
「……あーもう。分かったよ」
盛大なため息と共に、ラディは諦めて肩をすくめてみせる。黒色の瞳を目の前の美女に向け、続いて、隣でほっとしたように息をついた童顔青年と、ずるりと小さな炎を吐き出す生き物へと向けたのだった。
「なればいいんだろ、仲間!」
それが、そもそも全ての始まり。日の目を見ることなく隠された真実を明かす、探求の旅の幕開け。
――この時の決断を、ラディが後悔するのはまだもう少しだけ先の話。
To be continued.
BACK |
TOP
** Copyright (c) takako. All rights reserved. **