新月の夜の夢

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プロローグ


 「じゃぁ、パーカスからどうぞ」

 指示に従って、規則正しいリズムが教室の中に流れ始めた。軽快に踊るのは小太鼓。単調だけど、重要な役割を持つティンパニー。そして、綺麗な高音を響かせるのはグロッケン。

 「次、低音」

 ズンっと腹に響く音が、パーカッションのリズムに加わった。目立つ事はあまり無いけれど、全ての支えになる、低音。心地よい振動を体中に感じる。私はその低く安定した音が大好きだった。

 「ハイ。じゃぁ、ホルン」

 低いけれどユニークな、金管特有の音色が響き渡る。
 指揮者の指示はそのまま、力強い音色のトロンボーンへ移り、そして金管の花形、トランペットへ。明るく抜ける音が耳に届いた。
 単調だった音楽に、だんだんと命が吹き込まれて行く。
 次は未完成の楽器、サックス。艶のある音色を持つ、新しい楽器だ。テナーサックスからアルトサックスへ、そしてソプラノサックス。
 私の心臓は、鼓動を早めた。

 「クラリネットどうぞ」

 指示の声がかかると、私の心臓は跳ね上がった。しかし、心地よい緊張感だった。さっとかまえると、9人ほぼ同時にマウスピースをくわえ、お腹から息を押し出す。良い音を鳴らしてね、とお願いするかのようにそれは優しく、力強く。
 願いを込めた息は、包むような暖かい音色に形を変えた。そのまま教室を飛び回り、他の楽器の音と混じり合って、音楽になる。それにフルート、オーボエ、ピッコロが乗っかって行くと、いよいよ音はその厚みを増して行く。

 「はい、じゃぁ全員で一気に行ってみよう」

 指揮者の指示で、一旦楽器たちは音を鳴らすのをやめると、次の瞬間には再びよみがえった。
 重なり合い、響きあう音、音、音。音楽が作られた瞬間。
 私はその心地よい音色の中に身を浸して、まるでふわふわと宙に浮かんでいるような気持ちだった。

 それが最初の音あわせ。
 ピッチがずれていないか、音に不調は無いかの確認と、なにより合奏の前の肩慣らしの意味での音出し。

 私の吹奏楽部のアンサンブルは、いつもこんな形で始まる。


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