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蝉がしきりに鳴く声が、耳に届く。
それでなくても暑いのに、その声が余計に私の周りの気温を上げてしまっているようだ。額は汗でてかてか光り、制服のブラウスが不快に背中に張り付く。
教室の中でこれだ。外へ出たら、一体どうなる事やら。
そういえば、今日は気温が体温を超えてしまうと、お母さんが言ってたっけ。
夏だなぁ、と思う。
「それじゃぁこの小節から行こうぜ」
この教室唯一の男子である、
彼はクラリネットパート。略してクラパーの唯一の男子にして2ndクラリネットの主砲。そして我が部の副部長を務める存在だ。
吹奏楽部所属なのに運動神経抜群という事が意外なのか、割とモテる。クラパー内で最もクラへの愛が強く、いろんな意味で熱い少年だ。自称、吹奏楽部一のロマンチスト。
見ると、彼の額にも汗が光っていた。
私は示された小節を目で探すと、自分のパートの音符を追った。23小節目。最も盛り上がる、曲の要の部分。
「速さはこれくらいで良いかな」
もりもっちの命を受けて、ゆっきんこと川崎由紀子は、速さを調節したメトロノームを鳴らし始める。カチカチと規則正しい音が教室に響いた。
ゆっきんはクラパーのパーリー(パートリーダー)を務める。美人で成績も良く何でもそつなくこなす彼女は、その器用っぷりを吹奏楽部でも発揮させている。パートは花形、1stクラリネット。そして今夏のコンクールでは、コンサートマスターを務める事になっている。
私の憧れの存在だ。
「いいんじゃねぇの」
速さを確認してから、陽気にもりもっちが答える。その返答を聞いて、ゆっきんは満足そうに頷いた。
「じゃぁ、5,6,7,8で入ってね」
ゆっきんの指示を受けて、私ともりもっちはマウスピースを口にくわえた。誰も喋らなくなると、教室は急に静かになる。聞こえるのは、規則正しいメトロノームの音と、蝉の声だけ。相変わらず暑いけれど、集中すると少し涼しくなった気がした。
「5,6,7,8」
タイミングを見計らったゆっきんの声で、私たちは同時に音を鳴らした。