追憶の救世主
序章
――昔々のお話です。
それは、神話と呼ばれるほど遠い昔のことではないのですが、決して最近のこととは言えないほどで、今からおよそ、500年ほど遡った時代の出来事です。
世界は、今ほどは発展していませんでしたが、大きな国、小さな国、豊かな国、貧しい国、暖かい国に寒い国。大小さまざまあれ、人々は比較的幸せに暮らしておりました。
ところがある時、一人の恐ろしい魔法使いが現れたのです。
今となっては、その魔法使いが男性なのか女性なのか、はたまたどのような種族の者であったのかは、まったく知ることが出来ません。なにしろ、それに関する正式な記録が一切残っていないのですから。
しかし、その者が持つ魔力は、あの気高きエルフをもってしてもかなわず、放たれるその魔法は、勇敢なドワーフたちでも防ぎきれぬほどでした。
着々と力をつけていった魔法使いは、欲しいものなら何でも手に入れましたし、逆にいらないものは、それはそれは恐ろしい方法で、どんどん消していきました。
ただし、その中で一つだけ、魔法使いがどれほど願っても、手に入らないものがありました。
とても大きな力を持つ、一つの偉大な魔法です。
その魔法を手に入れた者は、この世のことわり全てを左右する力を手に入れることができるのです。
魔法使いは必死で探しました。すべてを手に入れた自分に、足りないものはその魔法唯一つと思われたからです。
人々は、いつ魔法使いがその魔法を手に入れてしまうのかと、不安で眠れぬ夜が何日も何ヶ月も、もしかしたら何年も続いたのかもしれません。
しかし、彼らもただ黙って見ていた訳ではありません。
あるエルフの剣士は、魔法使いの一番強い手下との戦いで、勝利を収めました。巨人族の王子とミール族の王子は、魔法使いの持つ最強の杖を五つに折りました。精霊たちは、世界の六大神に、勝利への祈りをささげました。
そして最後に、一人の勇者が立ち上がったのです。
勇者は人間であり、魔法使いであり、女性でありました。そして、大国の王女でもありました。
大陸の中央に位置する大国、イリスピリアの第一王女であった彼女の名は「シーナ」
エルフと見まがうばかりの美しい容貌に、類まれなる英知。そして、強大な魔力を秘めた彼女は、つらい戦いの末、とうとう恐ろしい魔法使いを打ち破るのに成功しました。
こうして世界は守られたのです。
平和が戻った世界で、後に彼女は人々からこう呼ばれるようになりました。
『金の救世主(メシア)』と――
【アルツィー口伝録第43巻・勇者シーナの伝説より】
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