焔の華姫

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Episode 01 緋色の涙

第2話

 「俺がここにいるって時点でもう予想がついてると思うけどな、俺の目的は『緋色の涙』さ」

 軽やかな足取りで歩を進めつつ、目の前の青年、ラディが言った。彼はティントよりは頭一つ背が高い。その上でいて、それなりに筋肉をそなえる体つきなのだ。均整のとれた体型という印象を受ける。
 ラディは、まるでその辺を散歩しているかのようなふらりとした歩き振りをする。しかし、しばらく一緒に居ると、その動きに全く隙が無いのが理解出来てくる。トラップが無いか、周囲に常に注意を払っているのだ。そうしつつ会話が出来るのだから、彼は相当腕の立つトレジャーハンターなのだろう。
 ……まぁ。先ほどまでは、かなり分かりやすい落とし穴の下に、落っこちていたのだが。
 ラディもまた、ティント達と同じく、砂塵の塔の最上階にあるとされる石、『緋色の涙』を手に入れるためにこの塔に挑んだのだそうだ。彼は、フリーのトレジャーハンターを生業としているらしい。パーティーを組んだ経験は過去に一度きり。そのパーティーも、現在は解散してしまっているとの事だ。
 「なんったって死人を生き返らせる力があるそうだからなぁ。これは手に入れない訳にはいかないだろうっ! てな」
 言って、ラディは白い歯を見せて陽気に笑った。ティントはその笑みに、一種の錯覚を覚える。無精ひげやその体格で、かろうじて男性的な外見を保ってはいるが、ラディの容姿そのものはというと、実に中性的なのだ。レインのような派手さはないが、それなりに整った顔立ちでもあるとも思う。
 実はティントははじめ、穴の下で転がる彼を見たとき、彼の事をすっかり女性だと思っていたのだ。よくよく見直して、男性だと気付いたのだが、それまでは、か弱い女性が何故こんな塔に一人で? と思ったりしていた。
 ……こんな事、本人に言ったら、おそらく怒られるだろうが。
 「ま、命の恩人のあんたらの目的もそれじゃぁ、譲らない訳にはいかないけどな」
 ティントのそんな思考などにはもちろん気付かぬまま、ラディはにやりと笑顔を作る。笑顔が似合う青年である。というか、常に笑顔を浮かべているような印象を受ける。
 「あら、話が分かるじゃない! あなた」
 ラディの言葉に、彼の隣を行くレインは嬉しそうに声を上げた。おそらく、宝は自分達に譲る、という部分を捉えての言葉なのだろう。例の仁王立ちの自信満々ポーズを作ると、誇らしげに胸を張ってみせる。彼女お得意のポーズだ。
 「……ま。あんたにというよりは、こっちの坊主に、だがねぇ」
 その様子を苦笑いで見つめた後、ラディはそう付け加える。そして、視線をこちらへと向けてきた。……って、ちょっと待ってほしい。
 「坊主……って」
 「あ、悪ぃ悪ぃ。名前は……確か、ティントだっけか?」
 「そうですけど……坊主って」
 さすがにそれは無いと思う。これでも一応、齢は二十三なのだ。とてもそうは見えないだろうが、レインと一つしか変わらない。
 「ま、気にするな!」
 陽気に笑うと、ラディはティントの反論を聞く事もなく、彼の肩をばしばし叩く。叩くだけ叩くと、次の瞬間には、例の軽やかなステップで前進を再開していた。ティントとしては終わらせたくない話題ではあったが、駄々をこねるような態度はそれこそ子供扱いの要因となるだろう。ここは我慢だ。
 「なにやってるのよ、ティント。置いていくわよ」
 立ち止まったままのティントを、レインが呆れ顔で見つめてくる。置いていくと言ったら、彼女は本当にそれを実行に移す人である。
 「…………」
 盛大なため息をつきつつ、気を取り直すと、ティントはもやもやした気持ちを胸に、前進を再開した。



 「本当に、高いだけで大したことが無い塔ねぇ」
 上方にある窓を見上げながら、不満そうにレインが言った。
 砂漠の光は、彼女の金髪をきらきらと輝かせている。幾分太陽が沈んだのだろう。塔を登り始めてからそれなりに時間が経つ。
 『足を踏み入れたものは、二度と戻ってこられない』
 そんな、危なっかしいキャッチフレーズを持つここ、砂塵の塔であったが、実際に入ってみて何の事はない。あるのは単純なトラップのみで、そう言うものに関しての知識は、素人に毛が生えた程度のティントでも、簡単に見破れるものだらけである。
 魔物は全くと言って良いほど出現しない。唯一、塔自体が異常に高い事だけが、このダンジョンの攻略を困難にさせる要因ではないだろうか。
 つまり、言ってみれば、かなり簡単に攻略できてしまうダンジョンなのだ。冒険者になりたての人間でも、難なく攻略できるだろう。ティントにしてみても正直、拍子抜けだった。レインの言葉は、決して誇張表現などではない。本当に大したことがないのだ。
 「本当にな。俺も正直、拍子抜けだったよ。一体この塔のどこが、世界一難解な塔なんだか」
 肩をすくめながら、相変わらずのステップで、ラディが言う。簡単な落とし穴に、見事に引っかかった人間の言う台詞ではないとは思うが、まぁそこは目を瞑ろう。
 世界一難しい塔の一つとされる砂塵の塔。確かに、簡単なのだ。簡単すぎると言っても良い。
 現在一行は、随分と高いところまで上っていた。もうじき、宝が安置されているとされる最上階に到着するだろう。行程に一日とかかっていない。随分あっさりしたものだ。しかし……
 「こんなに簡単に行くものなのだろうか?」
 一抹の不安と疑問を抱いて、ティントは小さく呟いた。
 立ち止まって、朽ち果てた窓の外を見る。視界に入るのは、地平線の先まで続く、一面の砂の世界だ。照りつける太陽に反射して、砂がキラキラと輝いている。
 住む物も少ない、沈黙の世界。そんな砂漠の真ん中で、尋常ではない高さを誇る建造物が、ここ、砂塵の塔である。一体誰が何の目的で建てたものなのかは、全く謎のままである。が、建てるからには、何らかの目的があっての事なのだろう。
 これほどまでの建造物を建てる理由。その内容は読めないが、単なる道楽などではないと、ティントは思う。現に、ラディは気付いていないだろうが、塔のあちらこちらに古代の魔術の痕跡が見られるのだ。ティントが見ている窓枠に彫られた記号も、古の時代の魔道士達が用いた記号である。
 レインはおそらく気付いているだろう。それでも前進をやめないのは、彼女の好奇心がなせる業か、それとも――他の理由からだろうか。
 (何か、重大な秘密がある――)
 無数に見られる魔力の香りは、ティントにそう告げている。
 簡単なトラップしか存在しない塔が、現在になっても誰にも攻略されていないなんて、おかしな話なのだ。きっと、誰にも突破できない何かが存在する。そう、直感で思った。そして、その何かがあるとするならば――
 「……着いたわ」
 いつになく厳かな声で、レインが言った。普段の偉そうな口ぶりとは違い、重いものが感じられる。
 彼女の声で、ティントは思考の海から舞い戻り、そして前方を仰いだ。
 「これはまた……」
 ラディが思わずそう零す。まぁそれも無理は無い。三人の目の前には、常識では考えられないほどに大きな扉が鎮座していたのだから。
 それは、一行がこの塔の最上階まで上り詰めたという事を証明するものであった。



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