新月の夜の夢
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第4話
「新月のバラード?」
半ば呆けたようなゆっきんの声が耳に届いた。ゆっきんの声はよく通る。時々、声優なんかをやったら良さそうだなぁと思う事がある。
一体何事だろうと思い、私はそれまで紙切れに注いでいた視線を上げた。そこで瞳に移ったのは、手に持った楽譜に目を奪われているゆっきんの姿だった。彼女の横で、もりもっちも真剣な顔をしている。
「アンサンブル譜だな。しかもクラリネット」
「うん、でもこんな曲見たことないよ。楽譜自体手書きだし……」
まだ胡散臭そうな顔をするゆっきんを横目で見てから、もりもっちはあっと声を上げた。
「全くの素人の作ではなさそうだぜ、ホラこことか」
「ホントだ。重ねたら綺麗な曲になりそう!」
楽譜に目を奪われた二人は、夢中になって楽譜の分析に乗り出している。二人とも私と違って音楽の事には割と詳しい。特にゆっきんなどはいわゆる絶対音感の持ち主なので、楽譜を見ただけでだいたいの曲の流れが分かるのだという。私には想像も出来ない世界だ。
しかしさすがに置いてきぼりをくらうのはこちらとしては気分が良くない。なんだか仲間はずれにされたみたいで寂しいじゃないか。
「――ねぇ。それより、コレも見てよ!」
とうとう私は声を上げてしまった。手に持ったあの紙切れをひらひらさせて、二人にアピール。私のアピール作戦は見事成功を収め、それまで謎の楽譜に集中していた二人の目は、私の方へ向いた。
「なになに?」
ゆっきんが興味深そうな声を上げて近づいてくる。一緒にもりもっちも。
「その楽譜に挟まっていた紙切れなんだけどね。何か詩みたいなのが書いてある」
ふたりは私の周りに集まると、私を挟んで両側から紙切れに顔を寄せるという格好をとった。ちょっと……いや、結構狭い。私は、二人に見えやすいように紙を少し横に倒してみる。二人の顔が余計に近づいてきた。
「――新月の夜の伝説ぅ?」
やがて紙切れを見たゆっきんが、また呆れたような声を上げる。しかし、その声には誰にも返事をせず、しばらくの間なんとも言えない沈黙が部室全体を包んでいた。ぼーっとしているのもなんだから、と。私ももう一度例の詩(だと思う)を読んでみる事にする。いやしかし、何度呼んでも不可解な詩である。新月の夜に現れるとは、一体何が現れるというのだろうか。
「これって……この曲の事を指すんじゃねーか?」
ひと通り読み終えたのだろう。もりもっちは神妙な面持ちで言葉を発すると、ゆっきんが持つ例の楽譜に人差し指を持っていく。
つられて私も楽譜のほうへ視線を移動させた。
この位置からでは全てを見ることは出来ないが、楽譜は手書きであちこちが黄ばんでしまっている。あんな場所にあったのだから古い楽譜であるのは確かだった。封筒もろともくしゃくしゃになっていて今にも破けてしまいそう。ふっと目線を移動させると、あのくせのある字で「新月のバラード」と書かれてあった。それがこの曲の題名だろうか。
「手をとれってことはつまり演奏しろってことだろ。で、音を愛し、楽を奏でる。まさに俺達の事じゃねーか!」
もりもっちは胸を張って言う。
「音を愛するねぇ……」
もりもっちのやる気満々な声に対して、私は弱弱しく漏らした。吹奏楽部員たるもの、音楽を奏でる事を好きなのは確かにそうだろう。が、なんだか言い回しが照れる。まぁもりもっちは、臭い言い回しが好きなロマンチストだが。
「じゃぁさ、この新月の夜に現れるってのは?」
一人冷静に詩の分析をしている様子のゆっきんが言った。
私も一番疑問に思ったところだ。他の部分は臭い言い回しが目立つけれど、理解はできる。でもこの部分だけは不可解なのだ。新月の夜に一体何が――
「んなの決まってるじゃねーか。新月の晩にこの曲を演奏したら何かが現れるって事だろ?」
「……いや、だから。その何かが知りたいんだって」
もりもっちの自信満々発言に、ゆっきんは苦笑い交じりに突っ込みを入れる。もりもっちはあ、そっか。と呟くと一人でうんうん唸りだした。しかしやがて良い考えでも思いついたのだろう、視線を私達の方へ持ってくるとこう言った。
「んじゃぁさ、実践してみたらいいんじゃないか?」
「え――?」
さすがにこの言葉には面をくらったらしい。ゆっきんは驚いた表情でもりもっちを凝視していた。
「実践するって、その。これを練習して吹くって事?」
言葉を失ったまんまのゆっきんの横から私が言葉を発する。そんな私を、もりもっちは企み顔で見つめてくると、白い歯を見せてニッと笑った。
「そゆこと」
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