追憶の救世主

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第1章 「聖女の面影」

3.

 「はいはい。皆、こちらに注目!」
 わざとらしくテーブルを叩く音がすると、リサが椅子から立ち上がり、一同を見渡しているところだった。そのうちの一人であるリースは、姉の方へゆっくりと視線を向ける。彼女の隣の席に座っているアリスの目の前には真新しいノートが広げられており、一番上の行に『第3回会議 〜パリスの足取りを終え!〜 議長:リサ・ラグエイジ 書記:アリシア・ラント』と綴られている。
 まぁ要するに、リサ主動の簡単な話し合いが今現在執り行われようとしている訳だ。会場は決まってここ、リサの自室だった。図書館で行うという案もあったのだが、メンバー的にいくらなんでも悪目立ちし過ぎるのだ。
 ちらりと隣を見ると、相変わらずの好青年スマイルを振りまくセイラの姿が見える。反対側の隣には、シズクが着席している。王族3人に加えて水神の神子、更には今まさに噂の人となっている少女が面子とあらば、迂闊に外で顔を合わせるのも得策ではない。そんな訳で話し合いの結果、メンバー全員が訪れて最も違和感がなさそうな場所としてリサの部屋が選ばれたのである。リサの自己推薦という面も多分にある。
 さすがに3回目ともなると、リースもそのめちゃくちゃな副題に突っ込みを入れる気力もなくなっていた。大人しく無言で姉の方を向くと、彼女は満足そうに大きく頷いている。
 「何だか色々と込みあってきたから、とりあえずこれまでに分かった事を纏めてみようと思うの。――リオ、お願いしていいかしら?」
 リサの呼びかけに応えて、ポォンというメルヘンな音が上がる。テーブル上に出現したのは言わずもがな、偉大なる蒼(イアーリオ・ワイス)ことリオである。
 『はいはい、それじゃあリサのサポート役として私が、簡単な状況説明をさせて頂きますよっと』
 相変わらずの虫サイズで一同の前に現れた彼女は、議事録の端っこに腰掛けるとわざとらしい咳ばらいを一つ。
 『まずは現在の情勢から。イリスピリア東部をはじめとする地域で不可解な事件が起こり続けているわね。その影響で、イリスに流れ込んでくる人の数はここのところ増加傾向。イリスには強力な結界があるから、避難場所としてはうってつけって訳ね』
 それはここのところ、耳にたこができる程聞く話だ。毎日のように、イリスの町と外とを隔てる門の前には人だかりが出来ており、親戚や知り合いなどを頼って避難してくる人で溢れかえっている。東部の状況があまり良くないのだ。結界が消えたり、魔物の群れが町人と小競り合いを起こしたりと、穏やかではないニュースがほとんど毎日飛び交う。それでなくても、シュシュの町の惨劇は大陸中を震撼させたのだ。第二のシュシュになる事を恐れて、各町は守りを固めている。
 『それらの事件の殆どは、魔族(シェルザード)達の関与が強く疑われる……というか、十中八九彼らは黒ね。彼らが出したと思われる声明文が各地にばら撒かれたから』
 言って、リオはテーブル上に並べられている紙の一枚へと移動する。紙上にはセイラの筆跡で、数行の文字が綴られている。先日の会議で、セイラがオリジナルの文面を写してきたものだった。――『石』をこちらへ差し出さなければ破壊行為を止めない。要約するとそんな感じの内容だ。
 「この声明文の挑発に答える形で、先日お父様が声明を出したのは周知の事として……問題は魔族(シェルザード)の目的ね。少なくとも彼らが『石』を欲しがっている事は確か。では、その『石』とは何か」
 ここから先は、私の独自の考えが混じるけど。とだけ前置きして、リサは一枚の紙を引っ張り出してテーブルの真ん中に置いた。敢えて確認しなくても、これまでの会議のやり取りの中で、それが何であるかリースは知っていた。リサの字で綴られたそれは、オリジナルの創世記を現代語訳して写したものだ。数百年前に出土した石盤には、世間一般に広まっている創世記に加え、あまり知られていない続きの物語が綴られている。国立図書館の特別な部屋で厳重に保管されているものだ。リースも本物を見たことがある。

 ――儚き揺り籠には、最後に6神の欠片が落とされた

 『6神は、それぞれの力を込めた欠片を、世界に落としたのよ』
 リースが続きの物語の序文を追っていた時、リオの声が、やけに重く響いた。
 それぞれの神が、世界を去る前に残して行った置き土産。それが6神の欠片。本当か嘘か判断がつかない程、それらが生み出されたとされる時代は遥か昔だ。だが、他でもないその6神の欠片のうちの一つであるリオが真っ直ぐに言うのだから、おそらく真実なのだろう。視線を小さくも偉大な存在へと向けると、彼女はいつになく妖艶にほほ笑んでいた。
 『……少しだけ種明かしをしましょうか。リサの予想は正解よ。魔族(シェルザード)達は私を含む6神の欠片――彼らが言うには『石』を集めようとしている。500年前に勇者シーナが世界を救済しているわね。あの時の動乱の引き金も、これら六つの石だった』
 ひらりと小さな羽根で飛んで、リオはまたもや違う紙の上に乗る。リサが纏めたであろう幾つかの文章の中に、金の救世主(メシア)伝説のくだりを見つける事が出来た。
 この伝説の中にもまた、『石』に通じる存在が記されている。世界を恐怖のどん底に陥れた悪い魔法使いは、最強の『杖』を手に入れていた。シーナによる救済後、5つに分けられた『杖』の一つは巨人族の手にわたり、いくつかの紆余曲折を得て最終的に水神の神子が管理する物となった。それが、偉大なる蒼(イアーリオ・ワイス)である。要するに、伝説に記されている5つに分けられた『杖』とは、リオを含む6神の『石』のうちの5つという事になる。
 『分かってるでしょうけど、伝説にある悪い魔法使いとは、魔族(シェルザード)達の事よ。彼らはあの時も6神の欠片を揃えようと動いていた。結果的にシーナ達に邪魔をされて、志半ばで終わってしまったのだけど』
 「要するに、500年前のリベンジを果たそうと、今再び魔族(シェルザード)達は動いている。そう考えるのが最も妥当という訳ですね」
 のんびりとした口調で告げたのはセイラだった。彼の言葉に、リオを含むその場の全員が頷く。
 「で、問題は。石を集めて何をしようとしているのか、よね」
 部屋の中に沈黙が降りかけたが、部屋の主であるリサが再び声を発する事でそれを回避する。
 「神様が作った一点ものだもの、それぞれの石は、魔石を凌駕する程の力を宿していると考えていいと思うわ。でもきっと、彼らの狙いはそんなもんじゃない」
 そこで一旦言葉を切ると、リサは再びオリジナルの創世記を記した紙に人差し指を持って行く。何度か行われた確認作業だ。結論の行きつく先を、リースは既に知っている。
 続きの物語にはこう記されているのだ。欠片が集った時、偉大なる力が目覚めるのだと。けれども、それは同時に世界が終わる時。創世記に記されている文章を鵜呑みにするのだとすると、6つの石を集めると、世界が滅びるような事が起こるらしい。物騒な事極まりない。
 「どういう理屈で崩壊するのか知らないけれど、神様の考える事だもの、規格外の何かが起こるんでしょうね。まぁ、これが真実かどうかは別として、少なくとも魔族(シェルザード)達は本気で信じているわ。そして世界を滅ぼすために、6つの石を集めようとしている」
 「……まったく。人騒がせにも程があるよな」
 大きな溜息をついて、とうとうリースも口を開いた。陰鬱な纏め話を聞いていると、嫌味の一つくらいは言わないと気が済まなくなったのだ。一体何の理由があるのか知らないが、世界を滅ぼそうと考えるなど、いい迷惑である。
 「まあいつの時代も、危機的状況を引き起こす要因なんて、理不尽なものが多いのよ。リース」
 不機嫌を露わにするリースに、苦笑いで告げるのはアリスだ。議事録を記入する手を止めると、アリスは会議が始まってから初めて顔を上げる。自分に諭してくる割に、彼女の表情もまた随分と険しかった。
 「さて、以上が今のところ分かっている事ね。当然、私達としては魔族(シェルザード)が石を集めるのをただ黙って眺めている訳にはいかない。ではどうすればいいか? 当たり前よね。彼らが石を手に入れるのを阻止すればいいのよ」
 ここまでの話は、王をはじめ、イリスピリアの中枢ももちろん認識している。ここ最近行われている中枢の話し合いでは、専らこの手の話が議題に上がっているのだ。それ故にリースもシズクも彼らの会議の席についている。ここまで知ってしまったのだ。今更知らぬふりをして放置する事など出来る訳がない。
 「とまぁ、言うは易しなんだけど。魔族(シェルザード)達と石を取り合うには、まずその石の在り処を知る必要があります。少なくとも今分かっている石は三つあるわ」
 三本指を突き出すと、リサはリオに目配せする。言われてリオは、口を開いた。
 『現状リサ達が認識している石は三つ。一つは私、水神レムスの力を受け継いだ偉大なる蒼(イアーリオ・ワイス)。二つ目は魔女、テティ・リストバーグの額に宿る石。火神アレスの残した欠片に当たる物よ。そして、三つ目は――闇神カイオスの石。ティアミスト家が代々守り続けていたのがこれ。……残念ながら、今は魔族(シェルザード)の手に渡ってしまっているわ』
 リオがそこまで告げたところで、一同の視線は自然とシズクへと向かう。ティアミスト家が守り続けていた石とはもちろんの事、シズクが母親から託されたあのネックレスに埋め込まれた石の事だった。シュシュの町で奪われてしまった代物である。
 「…………」
 一同の視線を浴びても、シズクは淡々としていた。瞳を一瞬細めるに留まり、表情に影が落ちる事はない。
 「私達が今取り組まなきゃならないのは、残りの三つの在り処を突きとめる事よ。それを突きとめて、魔族(シェルザード)達から石を守らなければいけない」
 静まり返った部屋の中に、リサの厳格な声が響く。
 「まとめは以上。で、本題に戻る訳だけど……残り三つの場所が、現状さっぱり分からないのよね」
 続いて聞こえたのは、ゆるい溜息だった。リサの表情には疲労の色が見てとれる。
 リース達がイリスを不在にしている間、リサは独自の調査でここまでの結論にたどり着き、石の在り処の捜索に乗り出してくれていた。しかし、そこから先が難航を極めたのだ。
 「鍵はパリス王が握っている。それは確実な事だと思うわ。……500年前の戦いの後、巨人族に渡った偉大なる蒼(イアーリオ・ワイス)を、水神の神殿に捧げるよう提言したのは、他ならぬ彼らしいから」
 言って、リサは再びテーブル上に広がる紙のうちの一枚を指し示した。『賢王パリスの治世とその政治手腕について』とタイトルがふられた記述には、年号とその年に起こった出来事がいくつか箇条書きにされている。
 今はもう滅びた一族の中に、巨人族というのがある。500年前の戦いの戦利品として、偉大なる蒼(イアーリオ・ワイス)は彼らの元に渡っていた。しかし、元々魔道がほとんど発達していなかった彼らの手に、それは余る代物だったのだ。魔石一つあるだけでも国が傾くと言われている。ましてやリオは神の石。魔石の上を行く存在だ。予想通り、巨人族は荒れた。崩壊の道を辿る中で、それを憂いたパリスが水神の神殿への譲渡を提案したとされる。
 「こんな感じでパリスは、六つの石が安全であるように、常に目を光らせていたんじゃないかしら」
 そこから予想するに、彼は六つの石全ての在り処を把握していたという事になる。これが、リサの持論だった。そしてリースも、おそらくそれは正解なのではないかと思う。だが、問題はそこから先だ。
 「そこまで分かってるのに、残りの三つに関してはさっぱり分からないって訳か」
 渋い顔でリースが呟く。これだけ多くの書籍にあたり、パリスの軌跡を調べているというのに、リオを水神の神子の物にした事くらいしか分からないのだ。まぁ、書物は所詮他人が書いた代物だ。歴史の表舞台に出てこないような細かい事まで網羅されないだろう。かと言って、パリスはその生涯において自伝を残してはいない。
 「図書館での調べ物では限界なのよ。パリス本人による言葉なり文字なりを見つけないと、先には進まないと思うわ」
 「パリス王本人の、ですか……」
 リサの言葉を反芻しながら、さすがのセイラも思案顔だった。無理もない。そんなもの、リースの知る限り存在していないからだ。数百年前に亡くなった王の遺品など、もし有るのならとうの昔に発見されている。今更探しても見つかりそうにない代物だった。八方塞がりという訳だ。

 「パリス……」

 そんな中、それまでずっと黙したままだったシズクが初めて口を開いた。話題に上っている賢王の名を紡ぐと、何かを考え込むようにして手を口元へ持って行く。
 「? どうしたんだよ」
 「いや、大した事じゃないんだけど……」
 首をかしげながら問うリースに、シズクは曖昧な表情を返してくる。大したことが無いと言っておきながら、考え込む彼女の様子は真剣そのものだ。しばらく黙りこんで居たが、やがて独特の色をした瞳をこちらに向けると、ぽつりとこう、問うてきた。
 「王家の人たちの肖像画って、有るものなの?」
 「肖像画? ……まぁ、有るにはあるけど」
 突拍子もない質問に、一気に力が抜けてしまう。呆けた顔でシズクを見るが、冗談でこんな事を問うている訳ではなさそうだった。
 「そんなもの、一体何の――」
 「勇者シーナの肖像画って、存在する? 多分どこかに有るはずなんだけど」
 続けて紡がれたシズクの言葉に、更にリースは呆ける事となる。



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