追憶の救世主

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第1章 「菜の花通りにて」

3.

 「自分たちは悪いやつです」と体中に張り紙でもつけて宣伝し歩いているのかと思うくらい、典型的な悪人面。
 いやいや、外見だけで人を判断してはいけないと思い直し、寛容な眼差しで彼らを見ようと試みたが、手に手に握られたナイフや棍棒を見て、良心の無駄遣いだったと思い知らされた。
 まぁそれもそうか、こんな人通りの無い路地に集団で現れる男たちと言って、考えられる事は一つだけだ。――そう、野盗。
 「へへっ、そこを動くなよ……」
 驚きで強ばっている彼女の表情を、『恐怖』で強ばっていると思ったのだろう。完全に優位に立ったのをいい事にベタな悪人限定用語を吐くと、三人の男たちはシズクの方へじりじりと歩み寄ってきた。
 ――左から順に、ひげ面、ハゲ、オヤジ顔。
 対するシズクの方は、やっと収まってきた心臓のドキドキにほっとすると共に、冷静に人物観察なんぞを始めていたりするのだが。
 冷静になってみると、更に気持ちが落ち着いてくる。
 目の前の少女から、鬼気迫る表情が徐々に消えていくことに男たちは少し驚いたようだったが、ただの強がりだとでも思いなおしたのだろう、歩を更に進め出した。
 多勢に無勢、しかも相手は細腕の少女たった一人。しかも割りと小柄で年も幼そうであるこの状況。彼らは勝利を確信していたのだろうが、
 「……もう! 急に驚かさないでよ。自縛霊でも出たかと思ったじゃない。この辺結構そういう噂があるんだから!」
 そう言って深く息を吐くと、少女は今度こそ心底ほっとした表情に変わってしまった。
 「は?」
 さすがに安堵の表情まで浮かべられると、立場がない。間抜けな声を上げると、三人の野盗は混乱気味の互いの顔を見合った。シズクが自分たちを『怖がっていた』と信じる彼らにしてみたら、彼女の変化は不可解なものに映るのだろう。
 「ふん、まぁいい。好きなだけ強がってりゃいいさ」
 余裕の表情を見せる少女が気に入らない様子だったが、とりあえずそれを『強がり』と結論付けたようで、オヤジ顔の男が言った。
 「嬢ちゃん、あいつはどこ行った? 知ってんだろ?」
 「………は?」
 今度はシズクのほうが間抜けな声を上げねばならない番だった。
 ――あいつ?
 「あいつ……って?」
 もちろん、心当たりなどない。
 「知らばっくれんな! こんな場所にいるんだ。てめえが奴の仲間だってのは見え見えなんだよ!」
今度はひげ面だ。
 「……奴……」
 「そう、奴だ。かくまってるんだろ? あ、それとも嬢ちゃんがそうなのかな?」
 「わたしが……そう?」
 全く意味不明だ、サッパリ分からない。
 丸めた紙みたいなしわを眉間に寄せるだけ寄せて、男達の言葉をオウム返しのように反復するのが関の山だった。降参、とばかりに頭の中で白旗を振っている自分が見える気がする。
 よく考えてみてもこいつ等と関わりのあるような人物に心当たりはないし、最後の質問は意味すら分からない。わたしが「そう」とは一体何が何だと言いたいのだろう?
 そもそも今日自分がここに来た理由は、別に誰かと会うためでも無ければ、野盗に狙われるような事をするためでもない。少なくともそれだけは確かだ。じゃあこいつらが言っている『奴』とは一体……
 「おとなしく白状すりゃぁ命ぐらいは助けてやる。さ、とっとと吐きな」
 ……いや、そう言われても。
 「そのー……人違いじゃないですか? わたしはただ――」
 「だから知らばっくれんじゃねーっつーのっ! 何なら少し痛い目にあうか? あぁ?」
 ひげ面が語気を荒げて怒鳴り散らすと、あろうことか手に持っていたナイフを意味ありげに弄び始めた。それを見て、横の二人もひげ面に習って武器を構えだすのだから始末に負えない。全く聞く耳というやつを持つつもりが無いらしい。
 「そう言われても、知らないものは知らないし……あ、それとあまり大声出さないで。見つかっちゃうとやばいから」
 「何訳のわかんねーこと言ってんだよ? もうてめえは俺らに見つかっちまってるだろ? って言うかな! 少しは怖がれ!!」
 武器での脅しにもまったく動揺を見せないシズクに、ひげ面の怒鳴り声は更に凄みを増した。あぁ、こういうタイプが一番苦労する……。
 「だーかーら!」
 それでもあきらめず、シズクは説得を試みてみる。根っからの平和主義者。というわけではないが、争わないに越したことは無い。できれば和解で解決を、などとわずかな可能性にかけてみようとしたのだが、
 「兄貴、もうやっちまおうぜ。ちょっと痛めつけたら吐くかもしれねえ」
 乙女のいたいけな願いを丸つぶしにしてくれる台詞を吐いたのはハゲだった。
 「……だな」
 ハゲの発言に、残りの二人もやる気満々である。
 (あ〜もう〜! 騒ぎを起こしたらあの人が気づくでしょっ!)
 シズクの心の叫びなど三人に届くはずも無い。じりじりっと三人が彼女の方へと間合いを詰めていくと、緊迫した空気が流れ出した。それにつられて、シズクも半歩だけ後ろに下がる。足元のレンガが、ごりっと鈍い音を立てるのが耳に入った。

 ――とにかく、騒ぎは駄目なのだ。事を泡立てずにこの場を切り抜けるには……
 (逃げるしかない!)
 「やぁぁっ!」
 シズクの心が固まったのと、野盗三人が一斉に飛び掛ってきたのとは、ほぼ同時だった。彼らが彼女に到達しようという、まさにその瞬間。タイミングを見計らって、シズクは勢いよく後ろに飛びのいた。
 意外に素早い動きに不意を疲れた三人は、前によろめいてバランスを崩しそうになり、動きに明らかな隙ができる。その隙を突いてシズクは、道端に落ちていた大きめのレンガ片を拾うと、思い切りハゲの顔面に投げつけていた。
 がいんっ、という派手な音が、静かな通りに響き渡る。
 「―――――っっ!?」
 いくら少女の腕力だろうと、固いレンガを顔面にぶち込まれるとなると、そりゃぁ痛い。視界を無くし後ろにつんのめったハゲは、重力に逆らおうとして必死に両隣の二人の服を引っつかむ。
 「うぁ、ちょっと待――」
 バランスを崩していた二人だ。ひげ面の制止もむなしく彼ら二人はハゲの道連れになり、
 ――どさりっ
 変な体勢のまま尻餅をつくことに相成った。この間わずか数秒。彼らは彼らで必死なのだろうが、傍から見ているとこれは、かなり無様な光景である。少女というので油断したという部分もあるのだろうが、どうやらこの三人、結局は見た目だけで戦い方は下手なようだ。
 ハゲにレンガを投げつけた直後に走り出していたシズクは、振り返りざまにその様子を見て、一瞬あっけにとられた。
 残り二人の振り切り方も考えていたんだけど……。
 まぁ上手く行ったに越したことは無い。気を取り直すと、再び走り始めた。さっぱり意味が分からないが、厄介ごとに巻き込まれるだなんて絶対御免である。巻き込まれてあの人の説教を受ける羽目になることを想定すると、たとえ目の前に金貨の山を積まれて嘆願されても、シズクは首を横に振っただろう。
 今のうちに巻いてしまおう。ここらの地理については、あちらよりこちらの方が有利なはずだ。曲がり角を何回か曲がってやったら、さすがに追いかける気もなくしてくれるだろう。
 そう思い、シズクは次の角の横道を全力疾走のまま曲がろうとした。が、
 「うわわわわわわ〜〜〜っ!!」
 「――え?」
 後ろを振り返りつつ走っていたのが悪かったのかもしれない。
 変な叫び声を聞いて前方に視線を戻した時には、もう視界は『ソレ』でふさがれていた。意味も分からないままに体に何かが衝突して、そしてそのまま世界がぐるんと回った。一瞬宙に浮かんだような感覚に襲われてから、すぐに重力が体にかかる。お尻に鈍い衝撃が走ったところでやっと、自分が転んで尻餅をついてしまっている事と、今何が起こったのかが理解できた。
 角を曲がろうとしたその時に、同じく向こう側から角を走り曲がろうとした誰かと鉢合わせしてしまったのだ。走っていた者同士が曲がり角で突然出くわしてどうなるかは、火を見るより明らかだろう。両者はお互いにぶつかるような形で、先ほどの野盗よろしく思い切り地面に尻餅をついてしまったという訳だ。
 「――ったた……」
 地面に打ち付けられた衝撃で鈍い痛みを放つ腰をさすりながらも、シズクは素早く起き上がった。そして、目の前で同じく尻餅をついて座り込んでいる者の姿を確認する。
 情けない恰好で尻餅をついていた人物は、いかにも『好青年』という言葉がぴったりくる黒髪の青年だった。
 「いやぁ、スミマセン」
 青年はシズクと視線が合うと、苦笑い気味に彼女に謝罪した。およそ場違いな能天気声に、シズクは一瞬あっけにとられてしまった。道端であった人に「今日はいい天気ですね」とでも言うような口調に、シズク自身さっきまで野盗たちから逃げていたということを忘れそうになる。
 青年は服のほこりを払いながらゆっくりと起き上がると、怪我しませんでしたか? と、見かけを裏切らない紳士的な台詞を放った。
 少し伸びかけの漆黒の髪。よく言えば紳士的な、悪く言えば気弱そうな、そんな黒瞳の上には丸いメガネがかかっていた。服装から言って……うん、町人ではないだろう。僧侶か呪術師……それとも精霊使い……ってそれどころじゃない!!
 「走って!」
 のん気に人間観察なんぞしている場合ではなかった。
 「え? え?」
 「いいから早く!」
 状況がよく分からず、ぼーっとしている好青年にいい加減痺れをきらすと、シズクは彼の手首を引っつかんで、先ほど入ろうとしていた横道へ勢いよく滑り込んだ。
 曲がり際に後方を確認すると、復活した三人組が追いかけてくるのが目に入る。早く逃げなければ追いつかれてしまうだろう。さすがにシズクも男の脚力とまともに勝負して、勝てるほど身軽ではない。
 「あ、そっちは――」
 「――!!」
 しかし、飛び込んだその途端に二人は、足を止めなければいけない現実に直面する。
 「へっ、戻ってくるたぁマヌケだねぇ?」
 目の前には、明らかに野盗と見て取れる柄の悪そうな刺青男が一人。にたりと意地悪そうな笑みを浮かべながら、立っていたから。



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