追憶の救世主

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第1章 「菜の花通りにて」

4.

 「ふんっ、袋のネズミだな」

 続けて背後から声がかかった。振り返らなくてもばっちり予想はついていたが、念のために振り返ってみると、案の定そこには先ほどの三人組の姿。
 「ダメー、って言おうとしたんですけどねぇ」
 またもや場違いな明るい声が、好青年の口から漏れた。こんな状況下にもかかわらず、彼はのん気に苦笑いなんぞを浮かべている。まったく。神経が図太いのか、それとも何にも考えてないのか……
 「やっぱりかくまってたんじゃねーか! 知らばっくれやがってこの女」
 「まぁこうなったらどうしようもないけどな」
 意地の悪い薄笑いを浮かべながら、ひげ面とオヤジ顔が言った。ハゲはというと、レンガをぶつけられた痛みがまだ引かないのだろう。赤くなった顔面をいたわるような手つきでさすっている。
 「えぇ!? 『アイツ』ってこの人のこと?」
 野盗の言葉にシズクは素っ頓狂な声を上げると、隣にいる好青年の方を指差した。
 「他に誰がいるってんだよ? そうそれ、ソイツだよ。へらへらしたマヌケ面の! へっ、もしかして嬢ちゃん、知らねえでかくまってたのか?」
 同情とも嘲りともとれる表情を浮かべて、ひげ面が言った。
 マヌケ面はどうかとも思ったが、へらへらしたというのは事実かもしれない。実際にまさに今、この時においても青年は、シズクの横でのんきな表情を浮かべているのだから。
 「だからね! わたしはこのお兄さんとは今が初対面なの! かくまっていたとかそういうんじゃな――」
 「んなこたぁどうでもいいんだよ! ……おい、とりあえずやるぞ」
 ひげ面はそう吼えると残りの三人に目配せをし、お互いに頷きあってから各自自分の武器を構え始める。本日二回目の戦闘モード・オン。たまったもんじゃない。そっちは良くてもこっちにしてみれば全然駄目である。
 とにかく騒ぎは避けたいのだ。あの人が気づくかもしれない危険性を考えると、取れる手段はそう多くないし――
 「お兄さん! あなた、その格好からして旅人ですよね? ほら、術とか何か使えないんですか?」
 じりじりと詰め寄ってくる野盗を横目にしながら、シズクは好青年に詰め寄った。
見た目からして彼が呪術師の類であることはうかがい知れる。彼の力量がどれほどなのかシズクには分からなかったが、少なくとも術の一つや二つ使えるはずである。
 まさに溺れる者は藁(わら)をもつかむ心境だった。
 しかし、その問いに藁はにっこりと微笑むと、
 「あははー、すみませんねぇ。僕は回復担当なんですよ〜。あ、でもほら。怪我とかしたらすぐに治してあげますから」
 と、全くもってありがたくない事をのたまった。
 ……つまりその台詞は何か? わたしに戦え、と?
 あまり肯定したくない結論が頭に浮かんだが、目の前の好青年の笑顔を見る限り、どうやらそういう事らしかった。
 藁と一緒に土左衛門――そんな、面白くも無い言葉が頭に浮かんだ。
 「あははー、じゃないでしょ!! あーもう……」
 そうこうしているうちにも、野盗たちは確実に間を詰めつつある。いくら雑魚(シズク談)といえ、武器を持っているのだ。まともにくらってしまったら、確実に痛い思いをするだろうし、下手をしたら怪我だけではすまないかもしれない。
 関係の無いことに巻き込まれて病院送りだなど、断固拒否。
 (あの人のお小言を聞くのはヤだけど、痛い思いも嫌だし……と、)
 「ん?」
 その時、どうしたものかと思案顔のシズクの目に、ふと飛び込んでくるものがあった。
 まるで呼び寄せられたかのようにシズクの目が好青年の右手付近に引き付けられる。それは、彼女の瞳に良く似た色の杖だった。
 好青年にしかと握られたそれは、魔道師や呪術師などが携帯するタイプの長杖で、彼の身長と同じくらいか少し短いくらいの長さだった。特にぎらぎらとした装飾がなされているわけでもない。所々に小さな石が散りばめられており、先端部分に一際大きな石が埋め込まれている以外は、実にシンプルなもんである。しかし、スマートで流れるようなラインは美しく、その杖から漂ってくる清らかさや、荘厳さといったものが、この杖がまぎれも無い高級品だと言うことを示していた。よく見るとその材質は木ではないようだ。普通、このような杖は木で作られるのが一般的なのだが……。
 「……お兄さん」
 「?」
 シズクは一瞬でこれだけのことを考えると、好青年に向かって深いブルーの瞳を向けた。
 不思議そうな表情を浮かべる彼に、
 「ちょっとだけこの杖、借りますね!」
 「ぅえ? ちょ、ちょっ――」
 それだけ言うと、好青年の返事を聞くのも待たず、彼の手から杖をひったくっていた。
 無理やりっぽいが仕方がない。野盗たちはすぐそこまで迫っていたのだから。後で謝れば大丈夫だろう。と心の中で付け加えると、彼女は野盗の方を向き直り、今しがた好青年から(無理やり)借りた杖を構える姿勢を見せる。構えからして、棒術の類だろうか。
 突然向き直った少女に、野盗は一瞬動きを止めたが、
 「へへっ、嬢ちゃん勇敢だねぇ」
 小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべると、またじりじりと歩を進め始めた。
所詮は少女の腕の力。大の男四人に向かってかなうはずも無い。それは誰の目から見ても明らかな事実だった。
 対するシズクの方はというと、急に黙ると意識を集中させていた。
 正式な形ではないが、一応『長い棒』である。横道の幅は、棒を振るのにぎりぎりといったところ。ここしばらく触っていなかったのだが……まぁなんとかなるかもしれない。まずこういう時は、心を沈めて冷静に――
 「おー怖。嬢ちゃん、女はそんな物騒なもの持つもんじゃねーぜ?」
 「そうそう、ガキは大人しく、後ろのほうで怯えで、ぶっっっ――」
 刹那。ひゅっという風の切れる音と同時に、ひょっとするとブチッと何かが一緒にキレた音も聞こえたかもしれない。いや、実際には聞こえないが、好青年には確かに聞こえた気がした。
 「!?」
 野盗たちがあっけにとられた顔で、目の前で起こった事実に目を見開いた。
 隙だらけだったハゲが、言葉半ばに後方に倒されたのだ。顔面中央にまともに杖の一撃をくらっている。そういえば、先ほどレンガを顔面に当てられたのも彼だった気がする。
 「……誰が、何って?」
 杖を構えたまま、妙に凄みのある声でシズクが言った。
 先ほどの少女らしい高い声とは一転、低くドスの聞いた声に野盗たちは少なからずたじろいだ。
 怒りの原因は、おそらくハゲがこぼした台詞に起因するのだろう。しかし、それにしたってオーバーな怒り方ではないのか? というのが野盗たち全員一致の意見であるようだ。
 もちろん、シズクが彼らのそんな思いなんぞ知るはずもない。杖を持つ手をわなわなと震わせながら立腹した表情を浮かべると、彼女は声高に叫んでいた。
 「ガキで悪かったわね!! どうせわたしは童顔よ! そうよ同級生にもいろいろ言われるわよ。本当は十七歳なのにどう見ても十四歳だとか、本当は一五八センチの身長が、どう見積もっても一五〇センチだとかっっ!!」
 『ちょっと待て、そんなことまでは誰も言ってねーってのっ!!』
 倒されたハゲ以外の男達が、見事なハモリで同じ事を叫んでいた。
 言われてみれば、確かにシズクは十七歳というには少し幼い顔つきだった。その外見ゆえに、小柄に見えるのもまた事実。いや、だからといってハゲの『ガキ』という言葉にそこまで過剰に反応しなくても良いのでは……
 男達が呆れの篭ったため息をついているときにはもう、彼女は次の一撃へと移っていた。
 「ちなみにつけ加えるとねっ!」
 オヤジ顔はナイフでシズクをけん制しようとしたのだが、いかんせん杖の方が圧倒的に長いため杖の先でナイフの動きを止められると、
 「近所の駄菓子屋が、十二歳未満はお菓子が二割引だったのよね!」
 どんっという低い音を立てながら、そのままオヤジ顔の腹部に杖の先が打ちつけられる。強烈な突きにたまらず、彼も先ほどのハゲよろしく、彼もどさりとひざを突いてしまった。
 「わたしだけが得するならまだ良かったんだけど」
 そのまま隙を作らずに、彼女は背後から飛び掛ってきた刺青男を杖の反対側で突く。
 普通の棒なんかとは違って大きな石の飾りがついている杖だ。飾りの部分が男の顔面に直撃すると、なんとも鈍い音がした。どさりと、三人目の倒れる音。
 「友達やなんかに『あんたはバレないから』って、去年の春まで十二歳で通させられたのよ? もちろん友達の分のお菓子も買わされる羽目に!」
更に続けて右から迫ってくるひげ面の首に、体の反動を使った一撃をたたきつける。彼の武器は棍棒だったのだが、やはり杖の長さの前に無力だった。一矢も報いることなく、他の三人と同じように無様な体勢で倒れこんでしまった。
 「……まぁ去年の春に、何年も十二歳で通す子がいる、ってことでバレちゃったんだけどさ。そこで説教くらったのがわたしだけだなんて、薄情な友達だと思わない?」
 全員が倒されると同時に、シズクの話にもオチがついた。しかし彼ら四人の中で、彼女の話を最後まで聞けた者ははたしていたのだろうか? ごちゃごちゃ話しながら、どこにそんな判断力があるのだろうと感心するくらいの素早い対応で、野盗達はあっという間に殲滅(せんめつ)させられてしまった。本当に一瞬の出来事。
 「おぉー」
 と目を丸くしながら、好青年が拍手を贈る気持ちも分かる。
 やっと気が晴れたのか、シズクはスッキリした表情に戻るとふぅっと小さく息をついた。どうやらあの態度の変化からして、彼女にとって自分の『童顔』と言うヤツが、かなりのコンプレックスになっているのだろう。
 だが、知られなくてもすんだ個人情報まで、自分から相手に暴露しまくっていた状況には、まだ気づいていないらしい。
 「ぐっ……町娘だと思って油断した……そうか、てめぇこいつを護衛している戦士だろう? そうに違いねぇ! 下手な変装しやがって、クソッ!」
 苦しそうに、突かれた腹を抱えながら言ったのはオヤジ顔だった。
 確かに先ほどの彼女の動きは、とてもじゃないが素人技とは思えないものである。棒術の類か、もしかしたら槍術。いずれにしても、それなりに鍛錬していないとあんな動きは出せない。人を倒すほどの突きを繰り出すには、それなりの筋力も必要だろう。それは例え相手が雑魚の野盗数人であってしても、である。
 しかしシズクは、持っていた杖をトンッと地面に軽くつけると、腰に手を当てながら公然と言い放った。
 「違います!! わたしはただの町娘! そう……ほんのちょびぃっとだけ杖で人を張り倒すのが得意なだけの!」
 『んな町娘がいるかぁぁ!!』
 痛みでうめきながらも、野盗四人は一斉に突っ込みをいれた。……こういう所だけはチームワーク抜群である。
 「いやいや、彼女の言っていることは本当ですよ?」
 と、そこへ横槍を入れてくるのん気な声がかかった。言わずもがな好青年その人である。
 「僕と彼女はさっき会ったばかりで、彼女は僕の護衛じゃありませんよ。実を言うと、本物の護衛の人たちとははぐれちゃったんですよねぇーコレが。あはは、いやまったく困りましたよ」
 ……何を言い出すかと思えば。
 「いやアンタ、論点違ってるし。ってゆーか、護衛からはぐれたら護衛の意味ないんじゃ……」
 のん気に笑う好青年に、さすがの野盗もぐったりした表情を浮かべる。それでも突っ込むのを忘れないところは、律儀と言うかなんと言うか……どっちにしても、野盗に護衛の心配されてりゃぁ世も末である。
 「はいはい、とりあえずあんた達は気絶しとく! しっかし、やっぱり一撃で気失わせることは出来ないよなぁ。腕の力が足りないのかな……」
 ごいんごいん、と倒れこんでいる野盗たちにとどめの一撃をあびせながら、シズクはそんなことをつぶやいていた。ちょいと残酷な光景かもしれない。抵抗できない野盗たちは、今度こそ完全にのびてしまった。と同時に、騒がしかった空間が急に静けさを取り戻した。
 「いやー、それにしてもお嬢さん。スゴイですねぇ」
 一瞬の沈黙を破ったのは、それまで傍観者を決め込んでいた好青年だった。野盗達の事にはかまうことなく、パチパチと手をたたいてシズクへの賞賛を示した。顔には例の能天気スマイルが浮かんでいる。
 「あははー、いや、棒術の成績は割といいんですよ、わたし」
 「……成績?」
 「あ、いや。こっちの話です、ハイ」
 シズクは一瞬、しまったという表情を浮かべたが、すぐに苦笑いでそれを誤魔化す体勢に入った。が、あからさまに怪しい。何かを隠しているような、そんな感じだった。
 「……ところでお嬢さん?」
 しかし彼は、シズクの言動の真意には触れず、再び話題を切り出した。言われてシズクの方も、好青年の方へと顔を向ける。
 「何ともないんですか?」
 「え? ……あぁ、怪我ならどこにも――」
 「いや、そうじゃなくって」
 「?」
 あくまで笑顔のまま、好青年はピッとシズクの方を指すと、
 「その杖です」
 「杖?」
 彼の指は、右手に握られている例の杖を指していた。指に促されるままに杖をぼんやり眺めていたシズクは、やがてはたっと気がつく。
 「あ! あぁ、すみませんっ。いきなり借りちゃって。えーと、とりあえず傷はついていないみたいですけど……」
 杖と言われて、これが借り物であったことを思い出す。怒りに我を忘れて(?)すっかり記憶から飛んでしまっていた。しかも見た目からしてかなり上等そうな杖である。
 事の重大さにようやく気づくと、シズクは杖に外傷が無いか入念に調べ始めた。
 それにしてもこの杖、先ほど結構乱暴に扱ったのだが、本当に傷ひとつ付いていなかった。やはり普通の材質では無いのだ。
 しかし万が一弁償しろということになっても、こんな上等そうな杖を買えるほどの大金などもちろん持ってはいない。急に不安がシズクの胸に膨らみ始める。
 「いや、そうでもなくって……」
 「……はい?」
 しかし、必死で杖を確かめているシズクの横で、好青年は相変わらずののん気声で、さらに何事かを言い出そうとしている。話の流れが読めないシズクは、手を止めて彼の方へと視線を戻してみた。
 「その杖、持っていて何ともないですか?」
 声の調子は変わらず、しかしどこか神妙な面持ちで。好青年の口から出た台詞は、彼女を混乱させるのに十分なものだった。
 「――?」
 さっぱり訳が分からない。
 いや、好青年の言っている内容は理解できるが、その真意がよく分からない。
 (何? この杖、なんかあるの?)
 念のため右手にある杖を見てみたが、やはり別段変わったところはない。それに、持っていて平気か? とは……先ほどまで目の前の彼自身が、何食わぬ顔で持っていたではないか。
 「良く意味が分からな――」

 ――っがぁん!!

 「――――!!」
 突然の大きな音に、二人の会話は中断されてしまった。
 あわてて音のした方を振り返ってみると、路地に面した空き家の壁が、無残に打ち抜かれてしまっている。無事だった周りの壁も黒く焼け焦げており、しゅうしゅうと白い煙を上げていた。かすかに物が焦げた臭いがただよう。
 「な、何? 今度は何?」
 今日はよくあちこちから襲撃される日だ。さすがにこうたて続けにあると、呪われているんじゃないかとさえ思えてくる。菜の花通りが廃墟になって以来、一日に何度も騒音が立つ日は、未だかつて無かった事なんじゃないのだろうか。
 「上……ですね」
 きょろきょろと周囲をうかがっていたシズクだが、好青年の言葉で自分の真上を見上げてみる。が、特に何も無い。
 「そうじゃなくってほら、あの屋根」
 そう言って、好青年は壁を打ち抜かれた空き家の、その向かいにある倉庫の屋根を指差した。目を凝らしてみてみるが、やっぱり何もない。と思ったのだが、
 「――げっ」
 何もいないかに見えたが、突如転々と黒い影が三つ現れ、やがてそれは六つになり、とうとうその全身像をシズクたちの前にさらけ出した。
 ぱっと見ただけでは野良犬と間違えてしまうかもしれない。しかし、一対余分な足と噛まれでもしたらとても痛いだけではすまされないだろう鋭い二本の牙。それらの条件が、彼らが野良犬ではないということを告げていた。異形の生き物、魔物である。
 六匹の魔物は一斉に飛び上がると、見事なくらい同じタイミングで地面に着地していた。そしてそのまま、迷うことなく二人のいる方に向き直る。明らかにこちらを狙っている?
 低音で発せられる彼らのうなり声は、犬のそれとよく似ていた。しかし、シズクには分かっていた。鋭い牙と、六本の足。そして、口から火炎球を放つ能力を持つそれが、この地域で一、二を争う凶悪モンスターだということを。

「何っっなのよ、これは!?」



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