追憶の救世主

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第3章 「伝説の店」

3.

 「次が右で……んでもってその次が左……」

 記憶を手繰るようにぶつぶつ言いながら、シズクは細い裏路地を進んでいた。
 裏路地は異様に静かだ。静か過ぎて、シズクのつぶやく声が不気味に反響を繰り返して耳に届く。両隣には怪しげな倉庫群と住人の居ない廃屋があった。スイスイとその廃墟街を抜けて行くシズクの後をリースたち三人はぞろぞろと付いて行くような格好だ。その表情は皆、妙に感心したようなものだった。時々立ち止まる事もあったが、シズクは特に迷っている様子は無い。初めて来たも同然の3人にとっては、どの角も同じように見えるし、実際さっきから同じ場所を行ったり来たりしている錯覚に襲われている。
 「思うんだけどさ」
 「何よ? リース」
 「これだけスイスイ道が分かるって事はだな、あいつ相当あの通りに来てるって事だよな」
 「あいつじゃなくてシズクね! とまぁ、確かにそうなんでしょうね……」
 建物に反響しないくらいのひそひそ声でそんな会話をしてから、アリスとリースの二人は前方を行くシズクの方を少し不審そうな顔で見つめた。
 「それにしても……」
 次が右。と呟いているシズクを見つめながらリースはため息を零した。
 「本当にこんな場所にあるのかよ」

 お昼前というのに、この裏路地は相変わらず薄暗かった。周囲に立つ倉庫がやけに高くて、それが日光を遮っているのが最大の原因だろう。ただでさえ廃墟が立ち並ぶ通りなのに、このおかげで不気味さに拍車がかかっているのだ。ついでに言うと、日陰という特性を利用して、レンガの割れ目などにコケがびっしりと生えてきている。それに心なしか、大通りよりも数倍湿気があるような気がする。
 何度考えても、こんな場所にマジックショップがあるとは到底思えなかった。昨日来た時もそんな建物も看板も見なかったし、あったとすればそれは、傷んだ廃墟と持ち主不明の倉庫だけだった。
 それに、仮にこの場所に店を構えたとして、一体どれだけの集客が見込めるというのだろうか……。経営者の心理を疑いたくなってくる。

 「ここよ」

 一際高い声が響いて、リースは急に思考の海から現実に引き戻された。ゆっくりと顔を上げると、目の前でシズクがこちらを見つめている。
 「へ? ここって……」
 「だから、アレ」
 そう言って彼女が指差した先には一見何の変哲も無い廃墟があった。いや、一見どころか何度見ても何の変哲も無い廃墟だ。これが彼女の言う『マジックショップ』だと言うのだろうか。割れた窓ガラスから覗く店内――だと思われる室内は、もちろん人っ子一人いない。商品らしきものすら見えない。
 「えーと、これって……」
 困惑気味にシズクの方へ視線を送るアリス。その視線を受けて、シズクは何かを言おうと口を開きかけたが、
 「ほぅ。なるほど」
 感心したような声を漏らすセイラに、それは遮られてしまった。
 「何がなるほどなんだよ、セイラ」
 「まぁ見てれば分かりますよ」
 そう笑顔で言ってセイラは、一同が見ている前で店――とシズクが主張する廃墟の方に向かってスタスタ歩き出したではないか。
 「?」
 彼のその行動に、またいつものセイラの奇行が始まったとアリスはため息を零し、リースは呆れ顔になった。その横で一人、シズクだけが少し驚いた顔で彼を目で追っていた。
 セイラは、店らしきものの前まで来るとそこで一旦立ち止まった。そして、右手に持つ偉大なる蒼(イアーリオ・ワイス)の先を店の方角へ向けた。もしこの時、魔道士としてバランスの良い『器』と『魔力』を持つ者がいたならば、空間が一瞬だけ揺れたのが感じられただろう。もちろん今この場には、そんな者など存在しなかったのだが。
 「何やってるんだよ……って、え?」
 次の瞬間。セイラが廃墟に向かってまた一歩踏み出した途端の事だった。彼の姿が一瞬揺らいだかと思うと、3人が見守る中でいきなり消えてしまったのだ。
 何が起こったか理解できず、リースとアリスはぽかんと口を開けている事しか出来なかった。そんな二人の様子を見て、シズクはおかしそうに笑うと、
 「ほら、わたし達も行こう」
 ぽんっと二人の背中を押した。






 「へぇ、なるほどね」

 珍しそうに周囲を見渡しながら、感慨深げに呟いたのはアリスだった。目の前には一軒の建物。こぢんまりとしていたが、それは確かに『店』と呼べるものだった。板張りのこげ茶色の壁に、屋根は深い緑色をしている。それを見てアリスは、ナーリア達魔法学校の教官が身につけていたモスグリーンのローブを思い出した。
 「魔道士ならではね。店の周りに結界を張っているなんて」
 「まさか結界をくぐる経験をするなんて思っても無かった」
 横で、ほっと胸を撫で下ろしながらリースが言った。
 そうなのだ。
 一見ただの廃墟でしかなかった店の周りには、結界が張り巡らされていたのだ。
 シズクに言われるままに連れて行かれて、そして店に近寄って行って驚いた。一瞬視界が揺らいだかと思うと、次の瞬間には、目の前に小さな店が建っていたのだから。
 シズクによると、簡単な結界らしい。あたかもそこに、違うものがあるように見せる結界で、熟練の魔道士ならば誰でも使える代物だという。それ故に結界から漏れる魔力が至極微量なので、シズクにとってみたら感知しにくくて店を見つけるのに一苦労。らしい。
 「でも、一体なんで? こんな人通りの少ない通りなのに、隠す必要なんて……」
 こんな人通りの無い場所にあって、しかも周りの建物に擬態する店など、消費者にとっては迷惑この上ない話だろう。ますます経営者の心理が分からなくなってくる。
 「んー、まぁ今でこそ人通りが無くなっちゃったけどね。ココは昔は町の中心部だったらしいよ。内戦で人が逃げ出して、それで廃墟の通りになっちゃったんだって」
 内戦が終わってから、今の町がある場所に中心部が移った。とシズクは付け加えた。
 「一応それで納得できるけどさ。じゃあなんでマジックショップって事を隠すんだよ? 店なんだから、隠したら何の意味もな――」

 「それは、ここが『伝説の店』だからですよ」

 リースの言葉を遮って、はっきりと言ったのはセイラだ。
 一同の視線が彼に集中する。セイラはこれでもかと言う位の自信満々な笑みを顔全面に浮かべていた。
 「伝説の店ぇ?」
 セイラの一言にがっくりと肩を落とし、呆れたようにリースが呟いた。シズクも、これにはさすがに苦笑いを浮かべている。
 「ほら、アレを見てください」
 そういってセイラが指差した先には、真っ赤な派手派手しい看板があった。看板に書かれた金文字は、こう読める。

 『伝説の店 さそり堂』

 「……確かに伝説の店だな」
 「伝説の店ね」
 「でしょう? ご丁寧に、ちゃんと書いてくれているんですよ!」
 「って、そうじゃなくって!!」
 得意そうな笑みを浮かべるセイラに、リースは思い切り詰め寄った。
 「答えになって無い! 第一、本当に『伝説の店』かどうかが一番怪しいぞ。コレ」
 「あはは、多分嘘よ」
 セイラを半眼で睨みつけるリースの後ろで、苦笑いしながら言ったのはシズクだ。
 「ここの店長、かなりの変わり者でさ。結界も多分面白がって張っただけよ。深い意味なんて無いって」
 「よくそんなので店がもつよな……もしかしなくても、魔法学校の教材も全部ココで受注してるんだろう?」
 「ご名答。変わり者だけどね、いいものを安くって言うの? 信用あるんだわ。実際、通りにある倉庫は全部ここのだしね」
 その中に、商品の在庫などがたくさん貯蔵されているらしい。通りの倉庫といっても、かなりの数があったと思う。それが全部この店の所有だったとは。これには一同、へぇと感心して声を漏らした。
 それにしても、倉庫の中身は全部マジックアイテムで、この店の所有物と聞いてしまうと、菜の花通りを覆っていた不気味な雰囲気が一気に晴れた気がするから不思議だ。
 「ま、立ち話もなんだから店の中に入ろうよ」
 そう言ってシズクは、重厚そうな店のドアに手をかけた。
 ドアは、見た目に反して軽い音を立てて開いた。マジックショップというのだから、神秘的な雰囲気が漂っている。というのが一般人の予測するところなのだが、意外にも店内は普通で、そこら辺の雑貨店と同じような雰囲気だった。商品棚には何に使うのか分からない物も多く並べられていたが、半分程は一般の道具屋にも売っていそうな代物だったし、それになんとお菓子まで売られていた。

「よぉ。久しいな」

 声は、店の奥から聞こえてきた。
 野太い男の声で、これが魔道士なんだろうか? と思わず疑問に思ってしまう。もっとも、魔道士らしい声というのも良く分からない話だが。
 「おっちゃん、お久しぶり」
 声の主の姿は見えないが、シズクは彼がいるだろう方角に向けて手を上げた。
 「まぁた菓子か? まったく、おかげで魔法屋なのに駄菓子の売り上げばかりが伸びて仕方ねぇ。っと……次はアンナの当番だったんじゃねぇのか?」
 「えっと……今回はそれじゃなくて。旅の準備に――」
 急にガタンという大きな音がすると、4人の目の前に突如大柄な男が現れた。
 「旅!? お前さんが、か?」
 近くでその声を聞くと、尚の事野太い。
 男はその辺にいる町人と変わらない服を着ていたが、体格が体格なので、どこかちぐはぐな印象を受ける。服の上からでも、その下に隆々とした筋肉が存在しているのがうかがい知れた。見た目からしておそらく中年。色黒、無精ひげ、野性的な顔。
 賭けてもいい。
 彼の事を一目見て、格闘家か何かだと思う人がいたとしても、『魔道士』と思う人など絶対に一人もいやしないだろう。
 「ちょっとね。仕事で――」
 「仕事? 何でまた」
 「えーと……」
 どう説明してよいのか分からず、シズクは助けを求めるように後ろの3人を振り返った。それを見て、男の視線も自然とこちらへ向く。3人の姿を確認して、男は少し落ち着きを取り戻したようだった。
 「見ない顔だな。お客さんかい?」



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