追憶の救世主

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閑話「白銀のセンティロメダ」

13.

 ――この世に生を受けた瞬間から、彼女はかなりの病弱だった。
 自分達を産み落とした母も、自分達が生まれた瞬間も一緒なのに、自分だけが弱い身体を持って生まれてきてしまった。
 普通ならば親の愛情は弱い子供の方へより強く向けられるのだろう。だが、家は病弱な子供に構える程裕福ではなかったし、両親にもそのような心の余裕は無かった。だから……リアラは幼くして捨てられたのだ。
 寒くて、雪の降る夜だった。明かりはどこにも無い。あるのはただ、闇のみだった。すぐに楽に死ねるように。両親の最後の愛情だったのかも知れない。
 凍えながら瞳を閉じようとした瞬間、どこかから声が聞こえた気がした。声は『死なないで』とリアラに語ったように思えた。小さくてほとんど聞き取れない程の声だったが、それだけで心が暖かくなったのを覚えている。あれは何だったんだろう。お伽話に聞く、精霊か妖精の声だったのだろうか。
 そんな事をぼんやり考えていた時だ。
 「死なないで、リアラ」
 今度ははっきりと、声が聞こえた。ほんわりと視界が綺麗な銀に染まる。少しずつ焦点が定まり、やがては銀色の輪郭がはっきりと形を成すようになる。目の前には、自分と全く同じ顔をした、自分より健康な姉が立っていた。
 「一緒に行こう。私があなたを守ってあげるから」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、姉は――レアラは微笑んでいた。追い出されたのは自分だけだったはずだ。彼女は、自分と一緒に行くために、自ら家を出てきたのだろうか。
 (――光)
 そう思った。
 この人は自分にとって、真っ暗な闇を照らす、かけがえの無い光。無くてはならないもの。大切なもの。心からそう思っていた。
 本当にそう、思っていたのに――

 「……私は結局、姉さんに嫉妬していただけなんだわ。ねぇ、そうでしょう?」

 場所は、細くて薄暗い街路だった。
 ここと思って来たわけではなかった。ただなんとなく、自分の心の向くままに足を運ぶと、辿り着いたのがここだったのだ。だが偶然か必然か、目の前には探していた人物が居た。目深にフードを被った、女とも男ともつかない人間が。
 リアラの声に、数メートルほど先にいるフードの人物はこちらを向いた。向いただけで、その顔までは分からない。しかし、その口元が笑みの形に引き上げられるのが見えた。
 「…………」
 フードの人物とリアラは、実はこれが初対面ではなかった。少し前に知り合って以来、何度か会っている仲なのだ。それに、この人物の性別もリアラは知っている。列記とした女性だ。フードの奥から発せられる声がそれを物語っている。しかし、フードに隠されたその顔が、どのような造形をしているのかは見たことが無い。彼女がフードを外した事は今までに一度たりとも無かったからだ。

 始めに接近してきたのは、フードの女の方からだった。
 ジュリアーノの町で劇団の公演が始まった時から、リアラは商店街のある店にアルバイトとして働きに出るようになった。体が弱い彼女はそんなに重労働は出来ない。働くといっても、せいぜい店番や会計係くらいしか出来なかったが、それでも彼女は彼女なりに出来る事をしていた。そんなある日の事だ。店に、この女は現れた。
 風変わりな客。それが第一印象。始めのうちは客と店員として、他愛も無い会話をするだけの仲だった。しかし、フードの女が足繁く店に通うようになったある日、とうとう女は世間話以外の話をリアラに持ち出したのだった。
 『あなたには、とても眩しくて直視できないくらい、憧れている人がいるでしょう』と。
 まるで、運命を告げる占い師のような口調だった。その言葉をかけられた瞬間、迷わず頭の中に浮かんできたのは、姉――レアラの顔だ。眩しくて光り輝いていて。私ではとてもじゃないけど手が届かない存在。
 『そしてその人に、憧れると同時に、後ろめたさと憎しみの感情も持っているわね』
 そんな時だ。まさに姉の顔が頭に浮かんでいたリアラに、女の宣告が突き刺さった。ざくりと心臓をえぐられたような衝撃だった。頭の中が真っ白になる。
 (後ろめたさ? 憎しみ?)
 そんな馬鹿なと思うも、自分の心の奥底に引っかかるものを見つけてしまって、反論できなくなる。リアラが沈黙しているのを肯定ととったのか、フードの女は唇を笑みの形に引き上げると、
 『――今晩、病を装いなさい。貴方を助けてあげる。大丈夫。貴方には特別な力がある。気付いているのでしょう? それを使うの』
 そう言ってリアラに念を押すと、その日は何も買わずに去っていってしまった。
 リアラは迷った。本当に彼女の言うとおり、自分には憎んでいる人間が居るのか、と。そしてそれは、自分の姉なのだろうか、と。だが、半信半疑ながらその晩に仮病を使ってしまった自分の行動から、それまでひた隠しににしてきた自分の本心がわかってしまったような気がした。
 リアラが偽りの発熱を訴えた直後、レアラが薬を買いに一人で夜の街中に飛び出して行った時は驚いた。そして、その帰り道に町のゴロツキに絡まれた事を聞いたときには、顔全体が青ざめ、背中に冷たいものが通り過ぎたのを感じた。
 幸い夜の警備をしていた役人が通りかかり、レアラは難を逃れたようだったが、もし誰も通りかからなかったとしたら――
 偶然かもしれない。だが、今まで姉が夜の街へ出かけても、このような事に巻き込まれたことがあっただろうか。しかも、あの女がリアラに話を持ちかけた晩に限って、だ。
 もうこんな事はやめようと思った。次に女に囁かれたとしても、自分が動かずに居れば姉は夜の街へと飛び出したりはしない。あの女のせいで姉が襲われたのかどうかは定かではないが、姉を外へ出さなければ良い話だ。
 だが、心のどこかでくすぶっている『何か』があるのも事実だった。それが姉を憎む気持ちなのかどうかは分からなかったが、やめようと思いつつも心のどこかで姉の存在を妬む自分もいる。そんなリアラの気持ちを察したかのように、女はまた店にやってくる。そしてまた、仮病が繰り返されるのだ。

 「あなたが言うように、私は姉さんを憎んでいたのかも知れない。あの場所から逃げたかった。私より輝き、たくさんの人から慕われる姉の姿を見るたびに、私という存在は萎縮していくようだった」
 思いのたけをぶつけるように、リアラは言った。ほとんど涙声だった。しかし、リアラの必死の言葉にも、目の前の人物は動じない。沈黙を保ったまま、じっとこちらを見つめ続ける。
 レアラが劇団に入団して3年以上経つが、正直な話、劇団の人間達とリアラは少しもなじめていなかった。レアラと違い、人付き合いが苦手なリアラは勘違いされやすく、また、病弱な体で姉に迷惑をかける姿は憐れみも呼ぶが、どうしても『レアラにとっての重荷』とも捉えられてしまう。そしてそれは、レアラがリアラに献身的に尽くせば尽くすほど顕著に現れてきた。レアラの婚約者であるイアンですら、極たまにそのような視線をリアラに浴びせる事があるくらいだ。役者でも裏方でもないリアラは、劇団『青い星』には必要の無い人間なのだ。だから、姉を羨む気持ちのほかにこんな気持ちも沸き起こる。
 「私なんて、居なくなってしまえばいい」
 一際凛とした響きでリアラはそう言葉を紡ぐ。昼前だというのに、この通りは酷く静かだった。
 「気付いたの。こんな風に、あなたに言われるがままに姉さんに迷惑をかけたって、誰も喜ばない。むしろ姉さんの周りの人達が悲しむのよ。私の苦しみも、そんな事では消えてくれない」
 そう、こんな事をしたって何の解決にもならないのだ。自分の胸も重く締め付けられるだけ。じゃあ――
 「じゃあどうすれば良いのか。そう、簡単なことなの。私が姉さんの元から消えればいいのよ。大丈夫、誰も悲しまない。姉さんは悲しがるかもしれないけれど、それも時間が解決してくれるはず。だから……」
 そこでリアラは言葉を切ると、未だ静かに目の前に佇むフードの女へ視線を寄せた。リアラの視線に気付いたのだろう。女は少しだけ首を上に上げる仕草をして、こちらを見つめ返してくる。フードの中の瞳は見えないが、女は確かにリアラを見つめていた。そんな気がする。
 「……だから、何?」
 つ、と形の良い唇を引き上げると、女はゆっくりした口調でリアラに問うてきた。やけに挑戦的な口調だったが、リアラは怯まない。すうっと空気を吸い込むと、

 「もう、終わりにしましょう」

 儚く微笑みながら言った。その顔は、どこか諦めているようでもある。
 「決めてたの。昨夜、姉さんが無事に劇場まで帰ってきたら、私は姉さんの前から消えるって。それでおしまい。もう仮病も使わない。だから……もう姉さんを襲うのはやめて。そんな事をしても――」
 「――あなたが消えても誰も悲しまないですって?」
 リアラの言葉を遮り、女の小声が割り込んだ。
 「あなたは気付いていないのね。『私達』の事に」
 「え……?」
 女の声が、それまでの無機質なものとは違い、感情を含むものへと変わった事がリアラを軽く混乱させる。低く落ち着いたトーンの中に燃える感情。それは悲しみであり怒りでもあった。
 「『私達』はあなたを愛しているのに……。ずっと見守って来たのに……」
 言いながら、フードの女はリアラの方へ少しずつ前進し始める。突然の事にリアラは戦慄した。
 ――女が自分を愛している?
 馬鹿な。と思う。女と知り合ったのはごく最近の事で、それほど親密な関係にまで至っていないのだ。
 「あなたが悲しみと苦しみの渦の中に居るのをずっと見て、『私達』も一緒に悲しみ苦しんだ。幸せを願ってきた。あなたは大空へと羽ばたける翼を持っている。なのに状況は少しも良くはならなかった。あなたが傷つき涙するだけ」
 こつり。また一歩女は前進をする。硬直するリアラの目の前で女は自身のフードへ手をかけた。
 「あの女のせいよ? あなたを鳥籠に閉じ込めて、大空への道を閉ざしてしまっている。あの女は、あなたの翼の大きさに気付いているのに!」
 バサリッと一際大きな音がたつと、女のフードは彼女自身の手で剥ぎ取られた。中から現れたのは豊かになびく――銀の髪の毛。
 「――――っ!?」
 現れた女の顔に、リアラは声にならない悲鳴をあげた。心臓の鼓動が速まる。息切れがした。自分は今、夢を見ているのではないだろうか?
 「ね……えさん?」
 かすれた声で、それだけ紡ぐのがやっとだった。



◇◆◇



 街中を、リースとシズクは大急ぎで走り抜けていた。その表情には、険しいものが浮かぶ。すれ違う通行人達は、皆一体何事だろうといった視線をこちらに送ってくるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
 魔法連で男たちと会話した直後には、リースとシズクは走り出していた。お互いほとんど会話はしていない。だが、直感的にお互いが何を思っているかは理解できた。少しでも早く、例の場所に行き着きたかったのだ。例の場所――リース達がレアラと初めて出会った場所へ。
 おそらく事件の大元はあの通り付近に潜んでいる。
 「……なぁ、シズク。さっきの男たちが言ってたフードの女性って、誰だと思う?」
 走りながらなんとなしに、リースはシズクに思っている内容の話を持ちかけた。持ちかけてから、少ししまったと思う。今自分達は走っている最中なのだ。いかにシズクが体力に自信があるとしても、自分とでは体力に差があるだろう。こちらを振り返ってきたシズクの表情がそれを物語っている。
 「リアラさん……そう、リースは思う?」
 だがシズクは、息を切らしながら、そう返してきた。真剣な色を瞳に乗せて。
 「いや、それは考えにくいだろ。リアラさんはあの日も、仮病を装って劇場で寝込んでる振りをしていたはずだろう?」
 「だよね。じゃぁ……レアラさん、って線は?」
 え。と言ってリースは思わずその場に立ち止まってしまった。シズクの質問の内容が、あまりに突飛だったからだ。リースに合わせてシズクもその場に立ち止まる。それまで走り続けていたところを立ち止まったのだ。お互い、息が切れていた。
 (レアラさんが?)
 シズクが先ほど言った内容を思い返す。護衛主であるはずのレアラがフードの女性の正体? 確かに彼女は、あの日あの時間、例の通りに居た。服装も男たちが言っていたものと類似する気がする。いや、しかしそれは――
 「私は、それも違う。と思うの」
 考え込んでいたリースの耳に、よく通る声が響いた。思考から脱却し、目の前を見る。少し前方で立ち止まっているシズクは、その青い瞳に確信めいた光を宿していた。
 「……ねぇリース、知ってる? 怒ったり喜んだり。そういう感情の起伏によって人は、周囲に僅かだけど影響を及ぼす事が出来るんだよ」
 「周囲に、影響?」
 訳が分からない話に突然移り変わって、リースは軽く混乱する。思えば、最近シズクは、こと事件に関する事においてはずっとこんな調子だ。
 魔道士とは、言葉で人を惑わすことすら出来る人種。そう、昔誰かから聞いた気がする。シズクはとことん魔道士らしくない魔道士の典型例みたいなヤツだが、時々こういう風に片鱗を伺わせる。特にここ数日がそうだ。
 「感情が高まったとき、人は周囲にエネルギーのようなものを放出するの。オーラみたいなものかな。魔力と似たものだと思う。例えばほら、紛争が長く続いたりなんかすると、その地域の天候が急に変になっちゃったりする。一人の人間のエネルギーは僅かだけど、そんな風にたくさんの人間が一度に心乱れると、そういう事が起こるみたい」
 しかしシズクは、リースが怪訝な表情で彼女を見つめるのにもかまわず、更に突拍子も無い話を続ける。
 感情によって引き起こされる僅かな現象。それが一体、何に関係があるというのだろう。
 「じゃぁ、その人間の感情によって放出されたエネルギーに影響されて、現象を引き起こす『もの』って、何だと思う? 天候を変えてしまうくらいに絶大な力を持っていて、人の周囲に常に存在するもの。でも目には見えない。意思を持つエネルギーのような存在」
 「……それって――」
 リースの頭に、ある一つの単語が浮かんだのは、シズクがそこまで言ってからだった。



◇◆◇



 目の前に現れたのは、儚げな青い瞳に、緩くウェーブがかかった銀髪を持つ女性だった。見間違う訳がない。女性は自分と全く同じ容貌をしていたのだから。この世で自分と同じ顔を持つ人間は一人だけ。
 「姉さん……?」
 そう、レアラ・フラール。この世でたった一人、血を分けた自分の姉。
 「何で――」
 「あの女と一緒にしないで! 私はレアラ・フラールじゃないわ」
 しかし、レアラと思われた女性は、嫌悪を露にすると、吐き捨てるように言った。そして身も凍りそうな冷たい目でリアラを見据え、彼女の方を指差し、言った。
 「私はリアラ。リアラ・フラール。――あなた自身よ」
 「え――」
 今なんと言った?
 放心するリアラを余所に、女性は更に続ける。
 「私はあなた。私はあなたの代わりに、あなたが望んでいた事をやったの。今更あの女を襲うのをやめろだなんて、心にもない事を言わないで」
 「ち、違う! 私、本当に――」
 「もしそれが本心なのだとしても、ではなぜ私の心は今、全く満たされていないのかしら。あなたの心を感じ取って出てきた私が、満たされないのは何故?」
 女はそれだけ言う間にリアラの目前までやってきていた。そして言いながら華奢な手をのばしてくると、リアラの肩をつかむ。信じられないほどの力で。
 「痛――」
 「あなたが苦しんでいるのを見るのは辛いの。だから、ねぇ。あの女を消してしまいましょうよ! 私ならそれが出来る。この間は、変な魔道士に邪魔されちゃったけど。今度は大丈夫。大丈夫だから……ねぇ!」
 リアラの肩を掴んでがくがく揺らしながら、リアラと全く同じ顔をした女は懇願するようにわめき散らす。まるで、駄々をこねる子供のようだ。
 「あの女、妬んでるんでしょう? 憎いんでしょう? 正直に言って!! それが貴方の望みなんでしょう!?」
 そう言って、とうとうもう一人のリアラは瞳に涙を浮かばせるようになる。救いを求めるように、助けを求めるように。その様子に、レアラは激しく狼狽する。目の前のこの女の表情に、ついつい自分を重ねてしまう。
 「わ、私は……」

 ――私は、何を望んでた?

 これまで生きてきた年月で、自分の望みがかなえられた事など一度たりともなかった。
 魔道士になりたかった。しかし魔力が足りないと門前払いされた。健康になりたいと願った。だが、どんな医者にかかろうと病気の原因自体が不明といわれた。働きたいと思ったが、どんなアルバイトをしていても病弱な彼女は毛嫌いされた。姉の役に立ちたいと思うリアラの願いは、ことごとく叶えられずに終わってしまったのだ。人の役に立つ事も出来ない自分なんて……。
 消えてしまったら良い。一度だけ、そうはっきり思ったことがある。周りの全てが消えてしまえばいいのに。そうしたら自分は、全てから解放されるのに。
 それが本当の、自分の願い?
 「私――」

 「リアラ!!」

 声が聞こえた。
 ぼうっとしていた視界は、急に冴えてゆく。そうしてリアラは、声のした方へ視線を寄せた。
 視界に移ったのは『光』だった。暖かくて、綺麗で、自分にとっての光。決して手の届かない――遠い光。一体いつから、自分はそう思うようになっていたのだろう。
 「姉さん……?」
 信じられなかった。肩で息をしつつ、リアラともう一人のリアラの目の前に現れたのは、レアラだった。今度こそ本物のレアラだ。
 レアラは目の前の異常な光景に一瞬ひるんだようだったが、すぐに落ち着くと真っ直ぐこちらを見つめてくる。走ってきたのだろう、顔中汗だくの様子だ。今日も確か、舞台は昼夜の二部構成だったのではないか。この時間は既に、昼の部が開演している時間のはずだった。
 「姉さん? 舞台――」
 「そんな事はいいの! ねぇレアラ、お願い。行かないで!」
 リアラの声を遮って、レアラが必死に懇願する。目には涙が浮かんでいた。
 あぁ、汗だくで。必死でここまで走ってきたのだ。行き場所は教えていなかったから、きっと町中を探し回ったに違いない。そこまでして、この目の前のたった一人の姉は、必死に自分を探し出そうとしてくれたのだ。舞台が迫っていたはずだ。わざとその時間帯を選んで失踪したのだ。探しには来ないと思っていた。姉にとって劇団という場所を失う事は、全てを失う事に等しいだろうから。
 「話したい事が……謝りたい事がたくさんあるの! ……お願いリアラ、居なくならないで!」
 「――――っ」
 つと、頬に暖かいものが下りた感覚がした。と同時に、リアラの視界は大きくゆがむ。
 あぁ、自分は一体今まで何をしていたんだろう。大好きな姉なのに。困らせて、危ない目に合わせて。一体私は、何を求めていたんだろう。こんなに大変なことをしてまで、手に入れたかったものは何だったんだろう。
 「ごめ……なさ……」
 嗚咽を漏らしながら、リアラはそう漏らすのが精一杯だった。膝が力尽きて、その場にへたり込む。
 ――ごめんなさい。

 「でも、もう遅いわ」

 リアラがそう思った時には、既にもう一人のリアラがレアラに迫っていた。



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